コマドリの渓

シモツケソウ

淡いピンクの煙のようだ


 背中の重荷が、以前ほどつらくないのは、いくらか慣れてきたせいだろうか。
 今年の源流泊釣行は、これでもう、4度目。

 夜明けの杣道を3人で歩くが、テンポもなかなか快調だった。
 小鳥のさえずりは、初夏とちがってあまり多くないが、コマドリが多いので、なんとなく華やかだ。

 約2時間半の歩きで、テント場と決めていた広河原。
 今回の渓は、高度成長期の伐採によって、荒廃を極めた渓で、渓畔林はいまだ回復しきれておらず、無惨なガレ渓となっている部分が多い。
 以前、個人的に問い合わせたときの回答によれば、国の方でも、回復策を放棄したようだった。

 材の搬出に投資することはできるが、苗木の搬入への投資はできない。
 すぐに金にならないことに投資するのは、自由経済の経営原理に反するから。
 でも、経済の法則に、てんで関心のないおれとしては、この渓をなんとかして復活させられないか、と思ってきた。

 今回、ご一緒させていただいたお二人は、「瀬音の森」でも、いっしょに渓畔林再生実験に汗を流している仲間でもある。
 イワナとたわむれ、水とたわむれ、岩や苔とたわむれ、酒を飲みながら、この渓の未来について語れる、またとない機会を与えていただいた。

 テン場に着くと、先客がいたが、うまい具合にこれから帰るところだという。
 それではと、設営ののち、さっそく本流筋を釣り上がることにした。

 天気は快晴。灼熱の太陽が照りつける。
 これではイワナもグロッキーではないかと思われたが、それは杞憂で、カディスパターンに、まずまず機嫌よく反応してくれた。

 渓の一部では、自然の再生が始まっていた。
 おれの見たところでは、もっとも荒れたところにフジウツギ。そしてオオバアサガラが育ちつつあった。
 部分的には、カラマツやヒノキも伸びており、激しいシカ食害をまのあたりにしているおれとしては、シカに食われないうちに、早く大きくなれよと言いたい気分だ。
 別のところでは、ヤシャブシなどが、食害に耐えながら育っていた。

 以前は渓通し行けたところに、倒木が天然ダムを作っていて、思わぬ大高巻きを強いられて、冷や汗をかいた。
 渓は自在に変化するから、わからない。
 昨年、死亡事故があったのは、おそらくここだろう。

 この渓最初の見せ場は、大井戸の滝。
 両岸が高く切り立ち、まるで井戸の底にいるようだ。
 秩父の渓の厳しさをつくづく感じる大物ポイントでもあるが、きょうは先を急ぐので、パス。

 気分のよい遡行しばしで、左沢の出合。
 ここも大物が出ることがあるのだが、この日は空振りだった。

 妖怪滝の滝つぼは、年々成長して、いいポイントになった。
 滝の高さは約12メートル。
 前は釜が浅かったが、なかなか見ごたえのある滝になってきた。

 この滝を高く巻くと、またガレ場。
 渓相は今ひとつだが、イワナは相変わらず、ぽつぽつ反応したが、岩場にシモツケソウの淡いピンクを見ると、アタリが遠のき、そして絶えた。

 楽しい宴の翌日は、左沢に入った。

 出合からしばらくで、薄暗いゴルジュ。
 大きいのが出そうなのだが、反応がないので、チト残念。

 5メートルほどの小滝を直登すると、渓が開けて、ふたたびコマドリのさえずりを聞く。
 緑濃い渓はガレに埋まり、放置されたワイヤを避けながら、小さなポイントを拾うように叩くが、イワナの出は今ひとつだった。

 流れが細くなると、台地上に伐採小屋が今も建っており、一升瓶のかけらが散乱していた。
 昭和初期の渓流人から、「幽玄の渓」と評された右沢・左沢だが、ここもまた、伐り捨てられた渓なのだ。

 最源流近くで、昨日に引き続き、Jさんが、この日も大物賞の泣き尺。
 流れがさらに痩せていくと、魚信が遠のいた。

 テン場近くまで戻ると、照りつけが強くて、汗が噴き出す。
 清冽な流れはどこまでも力強く、これぞ真夏のイワナ釣り。
 夏を堪能させてもらえた二日間だった。