自由民権運動研究史を振り返り、方向性を提示した本。
戦前以来の研究史がていねいに紹介されており、それだけでも勉強になるが、1990年代以降、自由民権運動の評価を転換させた新たな研究動向について、世界的な研究動向から説き起こして詳細かつ批判的に紹介されている。
1979年に大学を卒業し、その後も秩父事件の研究集会などに参加してはいたが、勉強を続けているというほどの勉強もせずにいた。
しかし、秩父事件は自由民権運動と無関係ではないが世直し一揆に近い、というような言説は理解しがたいものだった。
1990年に刊行された稲田雅洋氏の『日本近代社会成立期の民衆運動』に対しては、批判文を書いた。
やや漠然と「新しい歴史学」と総称された研究の流れに対する、包括的な批判を読んだのは、本書が初めてだった。
「新しい歴史学」が従来の研究に欠けていた部分に焦点を当て、複眼的な歴史像を提示したのは間違いないと思う。
しかし、国家と民権派の対抗関係で自由民権運動を把握する従来の研究は、今も有効だと思う。
秩父困民党の中核は自由党員たちであり、例えば指導者(田代栄助)が「純然たる立憲政体の樹立」をめざすと述べた事実は、従来の研究方法によって合理的に説明しうる一方、「新しい歴史学」では、困民党は自由党に幻想を見ていたとか、すべての参加者が自由党的な理論武装していたわけでないなどといった、苦しい説明に陥らざるを得ない。
史実に即して歴史を見るなら、「新しい歴史学」のみによって自由民権運動を裁断するのには、無理がある。
だからといって、さほど明快な理論的見通しを示すことができるわけではないが、本書の中で著者が示された研究の方向はもっとも納得できるものであり、精進したいと思う。