黒田日出男『龍の棲む日本』

 「行基図」と称される日本図を手がかりに、中世の日本人が日本の国土をどのように表象していたかを解明した本。


 ここでいう「日本人」が、日本のどのような階層に属する人々であったかまでは明確ではありませんが、全体の文脈からして、密教僧や陰陽師など、主として支配階級に属さない知識人をさすように思われます。

 「日本人が云々」といった問題の立て方でこういう問題を論じるのは、そもそもナンセンスであると言えます。

 絵図や文献から、人々の意識を復元するという方法に、まずは感嘆してしまいます。
 1970年代に、幕末から近代にかけての民衆思想史研究がたいへん新鮮に受け止められた時代がありました。 わたしも夢中になってそれらの研究書を読みふけったものでした。
 1970年代半ばからには、中世民衆史に関する本もたくさん出版され、中世民衆の生活や意識について、通史の行間を埋める歴史像が提示されてきました。

 歴史的な民衆の姿についての研究が進む一方で、歴史を勉強する目的は、拡散していったように思います。
 歴史を学ぶ目的が拡散したというのは、それが曖昧になったのではなく、より多重化・多元化したという意味です。

 もう少し具体的に言うと、1980年頃、わたしの中にあった歴史学習の基本的な目的は、社会の発展する姿とそれを推し進めたのはいかなる力であったか、具体例を通して知る、というような点にあったと思います。

 そういう歴史は、権力交替史よりマシではありましたが、人間の生存の根源とは何かという基本問題を追究するには不足でした。

 歴史もやはり人間の学なのですが、人間を一面的に捉えてはいけないのです。
 70年代末ごろのわたしには、人間とはまずは生活し、そして闘うものという認識がありました。
 それは間違いではないのですが、生活の根源にまで迫るには、生活そのもののディテールを知らねばならないのです。

 この本の著者は、「人々が生きたのは、まず何よりも日本列島上のそれぞれの地域の<大地>であった。・・・根源的な<大地>は、より広く論ずるとすれば、歴史の前提としての<自然>といいかえてもよい」と述べています。

 この言葉を自分が十分に理解し得ているか否か心許ないですが、生活の根源に迫るためには、学問の枠にとらわれず、より広い視野に立った歴史を構築しなければならないという意味で共感します。

 過日刊行された『秩父事件−圧制ヲ変ジテ自由ノ世界ヲ』(新日本出版社)では、秩父事件の前提としての「秩父地方の自然と風土」について書いてみました。

 案の定、研究仲間や出版社からは、「困民党の闘いと秩父の自然になんの関係があるのか」との疑問が呈されましたが、何とか通してもらいました。
 これからもこんな勉強を続けてみたいと思っています。

 ところで、本書の内容ですが、中世の民衆的知識人が日本を、龍に守護された独鈷形で、龍とは降雨のみならず大地の震動をも支配する存在と表象していたという問題提起は、とても刺激的です。

 日本人にとって龍とは何だったのかを考えるのも、歴史を学ぶ理由を考える大きなヒントになり得るなと思いました。

(ISBN4-000-430831-3 C0221 \780E 2003,3 岩波新書 2004,8,26読了)