霜柱の道
−鷹ノ巣山から石尾根−

【年月日】

2009年12月19日〜20日
【同行者】 全部で8名
【タイム】

12/19 東日原(8:14)−稲村岩往復(9:20-9:50)−昼飯食いタワ(11:42-12:00)
   鷹ノ巣山(12:30-13:00)−鷹ノ巣避難小屋(13:20)
12/20 鷹ノ巣避難小屋(6:12)−鷹ノ巣山(6:35-7:00)−六ツ石山(8:40-8:50)−三ノ木戸林道分岐(9:28)
   −越路ノ辻近く(10:10-10:20)−三ノ木戸T字路(10:38)−奥多摩駅(11:24)

【地形図】 武蔵日原、奥多摩湖 ルート地図

凍てつく街
稲村岩から川苔山

一日目(東日原〜鷹ノ巣避難小屋)

 日原行きのバスは、停留所案内以外に、ちょっとしたトピックを放送する。
 向耕地のアカガシとか倉沢の天然ヒノキの案内や、昭和47年の土砂崩落についての話を聞きながら、東日原に向かう。

 まだ陽の射さない朝の東日原は、夜に降ったと思しき風花が道路に散乱しており、底冷えがした。
 稲村岩への分岐に従って、日原川へ下る。
 巳ノ戸橋を渡ると、しばし急登で巳ノ戸沢に出るが、堰堤のため伏流している。

 沢床に転がっているのは石灰岩だから、この付近も石灰の山なのだろう。
 しばらく登っていくと、水流が復活する。

 巳ノ戸林道への木橋は柵がしてあり、渡れなくなっていた。
 ここで小休止したが、水を汲む人はいなかった。
 霜柱を踏みながら、急登しばしで稲村岩の鞍部。

 荷物をおいて稲村岩を往復。
 稲村岩からは、滝入ノ峰や川苔山が望まれた。

ブナ原生林の登り
稲村尾根の巨ブナ

 鞍部からは長い急登となる。
 尾根上には、ツガ・ネズコ・ウダイカンバなどが多い。

 傾斜のきつさは夏合宿の登りに匹敵するが、おそらく氷点下だと思われる気温のおかげで、汗もかかずに登っていける。
 一部に植林地もあるが、上部はおおむね、ブナやイヌブナ、ミズナラなどの原生林になる。
 道わきにあった一本の巨ブナは、奥秩父の「信玄ブナ」に匹敵するほど、大きかった。

 昼飯食いのタワで初めて、傾斜がゆるむ。
 背後には、雪をまとった芋ノ木ドッケや雲取山が見えてきた。
 ここまでほとんど積雪を見なかったが、ここから上には雪がついており、踏まれた登山道は凍結していたので、軽アイゼンを装着して最後の登りにかかる。
 ここの登りも急だが、さほど長くないので、ほどなく山頂に出た。

 早朝に比べれば雲が出ており、富士山にも小さな雲がまとわりついていたが、まずまずの絶景を堪能することができた。
 風も弱く、スズタケの陰になった日だまりに入れば、じっとしていても寒くないくらいだった。

 しばらく休んで、避難小屋への尾根を下る。
 尾根の上も寒かったが、雪はほとんどついていなかった。
 避難小屋の周辺には、登山者が三々五々憩っており、宿泊予定者もいるようだったので、尾根のベンチ周辺で幕営することにした。

 日のある時間であるにもかかわらず、小屋の寒暖計は氷点下2度をさしており、今夜の寒さが思いやられたが、水は豊富に出ていたし、雪もほとんどなかったので、寒い以外には快適な幕営地だった。

 カラマツやスギの枝がたくさん落ちていたので、薪を集めて、幕営地近くで焚き火開始。
 細い薪が少しだけだったが、約3時間に渡って、小さいながらもよい火を燃やすことができた。
 日没後、寒さは増したが、しばらくの間は焚き火にあたって、暖をとった。

 寒気が強いので、風が気がかりだったが、夜間に強い風が吹くことはなく、寒くはあるが、眠れないことはない程度の夜を過ごすことができた。

鷹ノ巣山から雲取山
夜明け前の大岳山(遠景は東京湾)

二日目(鷹ノ巣避難小屋〜奥多摩駅)

 明け方、3時半に小屋の寒暖計を見たら氷点下6度と、思ったほど冷えていなかった。
 お湯が沸くのに時間が多少かかったのと、土が凍ってペグが抜けないのには困ったが、フライシートが全く濡れてない点はとてもありがたかった。
 空は満天の星空で、山頂の展望が楽しみになった。

 暗いうちに鷹ノ巣山へ登り返したが、急登は苦にならず、むしろ身体が暖まってよかった。
 登る途中から富士山の全容が見え始めたが、快晴間違いなしだった。

 東京湾の先の空が赤くなってきたが、千葉県上空に雲がかかっていたので、予定時刻を少し回ってから、太陽が顔を出した。
 富士山がピンク色に染まっていき、色が次第に薄くなっていく。絶景だった。

 大岳山・御前山・三頭山だけでなく丹沢も意外に近く、御正体山や三ツ峠山が判別できる。
 これまた目の前の大菩薩連嶺では、雁ヶ腹摺山が独立峰のようなたたずまいでいるほかは、さほど顕著なピークはない。

 大菩薩嶺の右には、遠く南アルプス南部がのぞいていた。

ご来光(大きな写真)
朝の富士山(大きな写真)

 展望を楽しんだのち、防火帯を東へ下る。
 土は硬く凍っているが、雪がないので歩きやすい。

 ほとんど平坦なところをしばらく行き、水根山を過ぎるとまた少し下る。
 城山まではあまり高低差もなく、ブナとダケカンバの大木林である。
 城山の先で急降下するが、将門馬場や六ツ石山手前のピークは巻いていく。

 左手樹林越しには、川苔山から芋ノ木ドッケにかけての稜線が望まれる。三ツドッケと蕎麦粒山は何となくわかるが、その他ははっきりした特徴がないので、指呼しがたい。
 それでも、酉谷山がどれかはどうにか判別できた。
 関東平野の彼方には筑波山も望まれた。
 大木は姿を消し、かわってカラマツの林となる。

筑波山遠望
城山のブナ(大きな写真)

 縦走路から少しはずれた六ツ石山で、小休止。
 山頂草原にはマルバダケブキの花殻がすこぶる多い。
 ここから富士山はよく見えないが、鷹ノ巣山がよく見えていた。

 狩倉山を巻いて下ると、三ノ木戸林道への分岐。
 林道だと遠回りなので、ここは直進。
 周囲はヒノキなどの植林地が多くなり、里山の風情となる。
 川苔山がどんどん形を変えていき、本仁田山が迫ってくる。

 三ノ木戸山も巻いて過ぎ、越路ノ辻近くで小休止。
 すぐ下に青い屋根の人家があり、自分の地形図には峰畑という集落名が書いてあるが、新しい地形図では集落名が消えている。
 確かに、住むにはきびしそうなとところだ。

 三ノ木戸への山道を右に見送ると、赤い鳥居の稲荷神社。
 社名も書いてないが、献撰物はあがっているので、信仰は続いているらしい。
 社のそばには、石仏も置かれていた。

 その先、古い石垣の上に、数軒の廃屋を見る。
 荒れたお茶畑もあるから、このあたりは廃村あとなのだろう。

 車道に出ると、氷川奥の集落。
 地形図で見るより、このあたりは人家も多い気がするのは、廃村の人々がここまで下りてきたからなのだろうか。
 鈴なりのユズを採らずに放置してあるのは寂しい風景だが、子どもの姿もあるので、未来がないわけでもなさそうだ。

霜柱の道
神社わきの石仏

 再び山道に入り、植林地を下っていくと羽黒神社。
 こちらは立派な石段や社殿を持つ立派なものだ。
 これを下ると、住宅街に出る。

 市街地に出てから奥多摩駅までは、ほんとにすぐだった。
 予定より1本早い電車に乗ることができたが、秩父に着いたのは予定通りだった。