Jさんときょうは、里川の釣り。
ここ数年、Jさんと同行する川は、ファイト一発の源流ばかりなので、こういう渓でご一緒するのは、初めてかもしれない。
増水ぎみの渓に入渓すると、いきなり連続堰堤。
こんなときの、堰堤下のたまりは、毛鉤釣りにとっては、好ポイントとは言えない。
水は澄んでいるので、魚の活性が高いと思いきや、反応はさっぱり。
このような状況は、よくあることなので、おれはちっとも気にならない。
堰堤が切れるといきなり、ヤブ。
おれにはとても、竿が振れそうにないので、ただちにタタキに転向。
魚のやる気がないのはわかったから、カディスをはずして黒いパラシュートに交換。
これは、先週の源流行で、実績があったのだ。
しかし、相変わらず、反応はさっぱり。
イワナがいない可能性はあるが、ヤマメの反応さえないとは、どうしたことか。
絵に描いたようなポイントで、お手本どおりに流してさえ、魚は出てくれない。
これは、よほど魚影が薄い渓の様相だ。
両岸は、スギ・ヒノキの植林地。
少なくとも、植林後しばらくの間は、きちんと手が入れられたと見え、なかなかいい木が育っていた。
細流なので、おれはヤブをかき分け、ひたすら小さなポイントを叩く。
Jさんは、竿の振れるポイントを見つけるために、杣道をとぼとぼ歩いている。
彼には、原生林の中の苔むした岩場を、駆け登る姿が似合っている。
渓べりに生えているのは、コクサギ。
この木は、奥秩父にはまったく見られないのに、里川に行くと、必ず流れをおおっていて、釣りのじゃまをしてくれる。
もっとも、釣りのじゃまになるということは、魚が残りやすいということでもあるから、結局のところ、釣りの役に立っているとも、言える。
自分で言うのもなんだが、里川で、一匹のイワナを釣ることを目的に釣るようになってから、いくつ釣るかは、どうでもよくなってきた。
全然釣れなくても、また今度釣ればいいという感じ。
要するに、釣りができるあいだ、いつの日にか、一匹釣れればよいのだ。
だが、杣道をとぼとぼ歩いているJさんには、申し訳なく思った。
小さなたまりで、なかば沈んだ毛鉤に、弱々しい印象の小イワナが、ようやく出た。
これに元気づけられ、すぐ先の連瀑帯入口で、Jさんもなかなかのイワナを掛けた。
これも、秩父在来とはやや異なる、弱々しい感じのイワナ。
そもそも、頭だけ大きくて、からだはひどく痩せている。
全体に、イワナの幼魚にありがちな、不規則で細かな斑紋とパーマークが印象的で、白斑は透明化寸前なほど薄い。
着色班は、たいへんくっきりしているが、腹部のオレンジ色は薄い。
このタイプのイワナは、この沢独特のものだ。
かつてここに、地元のだれかによって放流されたとも聞くが、放された魚の来歴については、つまびらかにしない。
はっきりしているのは、この細流で、細々とイワナが生きつづけているということだけだ。
ワサビ田あとにワサビはなく、畑のあとに植えられたヒノキは、鹿に食われてみんな枯れている。
電気だけは通じていたらしい人家は、もちろん、無住。
奥秩父の源流部でさえ見ないほどの、見上げるような瀑流帯を前に、竿をたたんで杣道を戻ると、川べりでは、タツナミソウの可愛い花が咲き、何頭かのカラスアゲハが、吸水しながら舞いたわむれていた。
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