里山の小渓では、ミズキやキリが花ざかりだが、深山ではまだ、新緑も鮮やかで、渓畔林にからんだフジが、さかんに咲いていた。
霧雨もようとあって、ミソサザイやヤマガラ、エゾムシクイの声も、心なしか、遠く聞こえる。
今日は、巨木鑑賞を兼ねた、日帰り源流釣行。
軽い荷で長駈けする渓行きは、久しぶり。
Oさん、Kさんと、入渓点までの林道を、こぎ走る。
自動車が通らない林道の崩壊はすさまじいもので、ところどころで、自転車を担がなければならない状態だった。
魚影が薄いことはわかっていたので、山道あとをしばらく歩いて、渓に立つ。
このところやや淵の底があがっているとはいえ、渓相は、まずまず秀逸。
昨年の今ごろは、雪シロの圧力で、渡渉に気合いが必要だったが、今日は、雨上がりにもかかわらず、ほぼ平水だった。
いつものことだが、魚信は全くなし。
かつていい思いをしたことのある支流に寄り道したが、そこにはもう、魚の気配すら全くなかった。
そこら中に散乱している、伐採時のワイヤがなくなると、雰囲気のよい、原生の森となる。
細流の流れこみで、以前、出会ったことのある巨カツラに再会。
たくさんの太い幹を、せまい空に向かって突き立てる姿に、変わりはなかった。
沢の中ほどにある大滝が近づいてようやく、小さなイワナが顔を出す。
フライマンのOさんが、カディスで掛けたイワナはなかなか大きかったが、えさ釣りのおれには、15〜18センチクラスばかり。
こいつらは、おれの仕事を知っているのかな?
ガスが晴れ、明るくなると、カゲロウが無数に舞い始めた。
魚はまちがいなく、水面を注目しているはずだ。
こんなとき、利き腕のケガのため、テンカラ竿が振れないのは、悲しい。
水辺の台地で、今度は巨トチに再会。
胸高直径1.8メートルほど。
樹齢いかほどか、ちょっと見当もつかない。
まさに神とも思えるトチなのだった。
近くには、幕営のあとも。
ここで泊まって、ひと晩、トチ神の昔語りを聞いてみたい。
無限とも思える、長い長い時間の中で、このトチ神は、どれほど多くの生き物や人間と、対話してきたのだろう。
おれは、それを知りたくて、しかたがない。
それにしても、トチ神の話を聞き終えるのに、何年かかるだろう。
近くにあった、彫りの深い幹肌の大木は、キハダだとのこと。
直径80センチほどのそのキハダは、樹木にくわしいOさんが驚くほど、大きいのだそうだ。
時計を見ると、そろそろ、帰らなくてはいけない時間。
同行のお二人に、魚止め淵の底知れない蒼さを見てほしくて、竿を仕舞ってもらい、しばらく遡行に専念。
足もとで魚影が走ると、チト残念だが、魚止め淵はすぐだ。
淵のへりに立って、お二人に感謝しつつ、今日の釣りを振り返った。
滝と、森と、大きなイワナ。
神々のささやきが、ほんの少し聞こえたような気がした。