| 藤倉川のほとりで | 
 
 足の具合がよくないので、釣りはせず。 合角ダムのバックウォーター付近の遺跡発掘現場を、見学させてもらうのが目的でした。 突然おじゃましたにもかかわらず、発掘指揮にあたっていたHさんに、いろいろと教えていただくことができました。 
 現在掘っているところは3000年前の集落だが、すぐそばに2700年前の家屋あとも出ていること。 なんと、興味深いことでしょう。 
 Hさんは、オモリの大きさから推測して、当時、サケが遡っていたのではないかと言われましたが、秩父イワナや秩父ヤマメもすでに陸封されていた時代ですから、サケは遡らなかったのではないかと申し上げました。 
 現在では、縄文時代における農耕の存在は定説となっていますが、ここ藤倉川のほとりにおいては、とても信じられません。 
 それでは、縄文人たちは、どうして、数千年にわたって、ここに定住し続けたのか。 
 春の山菜や秋の木の実には恵まれていたかもしれませんが、野生動物の肉など、そうそうありつけるものではなかったはず。 縄文家族が何ごとか語り合いながら、とり囲んでいたであろう、かまどのあとを見つめていると、空想が時空をはるかに越えていきます。 
 5月に、ダムに関する講演会に行って来ました。 
 遺跡は、藤倉川のせせらぎのすぐそばに、ありました。 ダムを造ることによって、地域で人間が生きられないようにする現代人の知恵とは、はたして、どれほどのものなのでしょうか・・・。 Hさんはじめ、作業にあたっていたみなさんにお礼を言って、現場をあとにしました。  |