山棲み人を思う−炭焼き窯あとにて

炭焼き窯あと

1997,3,20 秩父某沢

 江戸時代の古記録をひもといてみると、奥秩父の水源一帯は、御林山、すなわち、幕府の直轄林として、里人のみだりな立ち入りは許されていなかったようです。

 しかし、それはあくまで記録の上でのこと。この豊かで重厚な山に人影なしとは、とうてい信じられません。

 たとえば、この炭焼き窯あと。
 修理すればまだ使えそうなほど、しっかりしています。
 ここは、集落から遠くへだたった、奥山の渓のほとりです。
 ここで炭を焼けば、公儀になど、知れっこないのです。

 すぐ前の淵で、あなたがいま釣ったのは、炭焼きのおじさんが飼いつけたイワナのおこぼれかもしれませんよ。
 もの思いにふけりながら、竿を振っていると・・・。
 おや、また逃げられましたね。