「継体天皇」の時代と「継体」像について、多方面から考察している。
古墳時代以前の古代史を描く方法は、二つに大別される。
一つは、文献を重視し、文献を緻密に読み込むことにより、確実と思われる史実を積み上げていく方法。
もう一つは、考古史料を重視し、基本的に考古史料によりながら史実を確定していく方法。
本書は、前者によっているが、文献を重視しつつ、考古史料にも目配りして自説を補強している。
文献を重視するのは歴史学の基本だが、その前提は、文献にある程度、事実が反映されていることだろう。
しかし、記紀の信憑性は古くなればなるほど、低い。
最初の部分が国生み話で、その後も延々と荒唐無稽な神話が続くのだから、それはトマス・ペインが言う、でっち上げられた迷信話としか、言いようがなく、こんな与太話の中から、史実を探り当てるのは、容易な話でない。
水野祐氏の「三王朝交替説」は、記紀の精緻な分析から、古代日本に崇神朝、応神朝、継体朝の、それぞれ異なる王朝が生起したというもので、説得力を感じる。
いっぽう本書は、「武烈」死去ののち、「応神」の五世の孫で、越前に居住していたオオドが説得により即位して「継体」になったという、恐ろしく不自然な話を、とくに論拠なく事実と認定している。
「継体」という大王が実在したということについては、考古史料によって証明される有明海沿岸勢力や百済とのつながりなどによって確実な印象を受けるのだが、彼が大王の地位についた経緯が、怪しすぎるのだ。
記紀からでなく、考古史料によってまずは歴史像を構成して、そののち記紀のどこに史実の断片が存在するのか、といった視点が必要と思う。