伊藤野枝を描いた伝記小説。日蔭茶屋事件までが書かれている。
小説だが、多くの伊藤野枝論より、等身大に近い印象がある。
野枝のような人が、大正時代には、男女を問わず、おおぜいいたのだろう。
環境のために、伸びようとする内的な力を矯められることは、いつの時代にもあり得ることだ。
大正時代には、地方で逼塞する若者にも、伸びる道が見え始めていた。
自ら伸びるにはどうすればいいか。
野枝の場合、経済的にも能力的にも、自分の力で自分の道を切り開くことはできなかった。
甘粕正彦らによって虐殺されるまで全速力で駆け抜けた約10年間に、知的にも人間的にも成長を遂げたと思われるが、それはほぼ、夫だった辻潤と大杉栄の知的・人間的な力に依存してのことだった。
天皇制ファシズムの時代まで彼女が生きていたら、どのような発言をする女性になっていただろうか。
昭和の時代は、天皇制と戦争にどう対決するかが、大きな思想的テーマとなった。
思想的に独り立ちした野枝には、またも試練の時代となったかもしれない。