前著から8年を経た現在、地球環境はさらに悪化し、破滅へと歩を進めているという認識のもと、人類の希望のありかがどこにあるかを探っている。
この間、地球環境の悪化に歯止めは全くかかっていない。
後戻りのできない環境崩壊が進んでいる。
この点については、著者がそう言っているということでなく、データがそのように語っている。
環境リソースを消費することによって経済は成り立っているのだが、今、土壌・水・エネルギーなどもっとも基本的なリソースの奪い合いが起きている。
現在の世界を秩序づける原則は、弱肉強食の論理だから、リソースは強者が優先的に費消する。
強者とは、経済を支配するGAFAM、すなわちテクノ独裁資本である。
GAFAMの支配方法を著者は、レント経済という概念で説明する。
レント(地代)により濡れ手に泡の利益をあげる経営があると指摘したのはマルクスらしいのだが、マルクス経済学の初歩的教科書にその話は出てこない。
GAFAMが持つ最大の「生産手段」はビッグデータなのだが、彼らは労せずしてそれを手に入れる。
テクノ資本はプラットフォームを作るだけで、資本投下するまでもなく労せずして、ビッグデータが世界中から集まってくる。
買わなくても、強制しなくても、世界人民が自ら、収奪されるシステムに、資本を投じている。
テクノ資本がさらに世界を支配するためには、彼らが「合理的」に世界を支配できるよう、さまざまな規制を取り払うために、政治に参加も試みる。
その先には、テクノ・ファシズムが待っている。
著者は前著で、コモンの復活に希望を託すような言説を述べられていたが、この本でそれはほぼ撤回され、「暗黒社会主義」が提起される。
ここではマルクスの「独裁」概念が見直される。
危機的状況のもとで、期間を限定して、法や人権を停止するのが「独裁」であり、「プロレタリアートの独裁」も、そのような意味で用いられた。
地球環境の危機的状況にあって、人民の支持のもとで行われる「エコ独裁」には、意義があるという。
そのもとで具体的にどのような取り組みが必要か、著者はたくさんの構想を語る。
実現は困難かもしれないが、実験的な試みは過去に存在した。
グローバル化の時代であれば、地球を維持するための「知」も、広く学ばれ、試みられる可能性がある。
読みながら、著者の懸命さにやや感動する。
世界が多少なりとも希望を持てる方向に動くよう、これらの提言に対する賛否両論の反響を期待したい。