近世から近代初頭にかけての会津地方の農民闘争を概説している。
2026年8月アーカイブ
蔵書を処分しなければならないので、旧読ノート。
スペイン内戦は、人民戦線政府に対するフランコの反乱だった。フランコは、ナチス・ドイツの全面的な支援を受けて反乱を実行した。
だから、スペイン内戦は、世界ファシズムによる、スペインへの攻撃だった。
人民戦線政府は軍事的には弱体だったから、窮地に陥った。
スペインの人民戦線の崩壊は、世界全体がが民主主義でなく、ファシズムに向かって動くことだと考えられたから、ファシズムに反対する人々は、スペインの事態を憂慮し、フランコの勝利を押しとどめにければならないと考えた。
スターリンのソ連・コミンテルンも、何らかの思惑により、ファシズムに反対した。
「何らかの思惑により」といわねばならないのは、スターリンの支配する国際共産主義運動が、実際にファシズムに反対していたか、疑わしいからである。
コミンテルンの中には、ファシズムこそが民主主義の敵であり、非抑圧民族の敵だと考える人々もいたが、スターリンにとって重要なのはソ連であり、民主主義ではなかったからだ。
イギリス・フランス・アメリカは、スペインの事態を傍観した。
ここでスペインの事態に対し、両国が軍事的に介入することは適切でなかったが、これら諸国のイニシアティブにより国際的な圧力をかけることはあってもよかった。しかしそれは行われなかった。
人民戦線の命脈は、風前の灯だった。
ここで、スペイン政府軍支援のための、ボランティア軍が組織された。それが「国際旅団」だった。
ここには、リベラリストだけでなく、共産党員も多く参加した。その意味で、国際旅団は、国際的な人民戦線軍だった。
彼らはおおむね勇敢に戦ったが、軍の中でヘゲモニーを握った共産主義者たちが、思想の異なる同僚たちを粛清し始めた。
その実態については、オーウェルの『カタロニア讃歌』が、絶望的に描いている。
政府軍は敗北し、ファシズムがスペインを支配した。それは第二次大戦の序曲となった。
スペイン内戦は、世界史の重要な転換点となった。
この戦いに参加した日本人は、アメリカの労働者だったジャック・白井だけだった。
本書は、史料の少ない白井の生涯と思想について、可能な限りていねいに掘り起こしている。
国際旅団の歴史的評価はまだ、定まったとは言えないが、自分的には(コミンテルンによる恣意的な介入を除けば)高く評価すべきと思っている。
スペイン内戦について、考えるべき点がまだまだ多い。
近代化の典型例はイギリスであり、社会の近代化の前提として、近代的人間類型がなければならないとする。
戦後すぐの時期に書かれたものであり、アメリカやイギリスの市民社会を理想として描いており、東アジアは「アジア的」に遅れた人間類型が支配的だとするなどはもちろん、読んでいて激しく引っかかる。
著者が説かれる近代的人間類型とはどのようなものか。
「自発性、合理性、社会連帯性への自覚、そしてそれらを貫く経済生活の重視という現実的態度」などが。近代民主主義を支える人間像である。
一見すると真逆の理論のように見えるが、安丸良夫氏の「通俗道徳論」はここにかなり近い。
このような近代的人間類型(以後「近代人」といいかえる)が、近代を牽引する。
どのようにしてか。その点について著者は、マルクスの説明を採用する。
「まず封建的土地所有(=地主)制が分壊し、しかしてそれに相応じて下から向上してくる農民層(正確にはいま少し広く中産的生産者層)のもとに「民富」が蓄積され、それはやがて産業資本に成長する。しかして、封建的土地所有の分壊が徹底的であるだけ、この過程は典型的であり、またその速度も急調となるーーこれこそが、近代化の過程において現実的に革命的な変革の進行しはじめる端緒であり、いわば近代期な社会構造の歴史的形成における正常的な途である。
明治初年の関東農山村では、だれもが自営民として生糸生産による生活の向上をめざした。
ここでいう中産的生産者層とは具体的にどのような人々をさしているのかわからないが、生糸生産に関わる諸結社(共同揚返所や生糸金融なども含まれるだろう)に集った人々がイメージされる。
中産的生産者層は、自営民をバックグランドに持ち、自営民の中から成長する。
日本においてそのような近代化は実現しなかったのだが、自営民・中産的生産者が何をめざしたのかが、ここに書かれていると思う。