松下圭一『市民自治の憲法理論』

 1960年代後半から1970年代にかけての、各種市民運動を理論づけようとした書。

 60年安保闘争によって、政治や社会に対する国民の意思が可視化された。
 60年代以降、具体的な諸課題について地域や職場といった教導隊に基盤を持たない個人が個人として意思表示を行い、運動に加わっていくようになった。
 その典型例が反公害運動で、その系譜は、近年の反原発運動などへもつながっている。

 著者はそれらを市民運動と呼び、明治以来の保守・進歩両陣営の対抗という基本的対抗関係を止揚する画期的なムーブメントが市民運動であり、1970年代現在において、「市民革命」と称すべき運動であると述べられる。

 市民運動自体は、2010年代の反原発運動や安保法制反対運動のように、かつてと同様の形で存在するが、組織・人脈ともに持続的・継承的に続いてきたとは言えなそうだ。
 一方、労組や宗教団体・平和運動など、固定された組織が担う社会運動もまた、同様に継続しており、社会的な発言力も、以前ほどの力はないとはいえ、弱体化したとまでは言えない。

 著者が「市民」をどのように定義づけているかに興味があったのだが、本書にその点は殆ど書かれていない。
 はしがきの中でわずかに、「市民とは、自由・平等という共和感覚をもった自発的人間型、したがって市民自治を可能とするような政治への主体的参加という徳性をそなえた人間型、といことができる」と述べられている。

 これはやはり、60年代から70年代の日本に現出した「市民」の特徴であり、民主主義革命の主体となった「市民」とは、異なる概念である。

(1974,9 岩波新書 2026,3,31 読了)

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