なぜ日本人が満州に残留しなければならなかったのか、その人々がなぜ長く帰国できなかったのかを説明している。
前半は、本格移民が始まった経緯を明らかにしている。
満州への本格移民が始まったのは、昭和恐慌のどん底を抜け出す一方、中国との全面戦争が始まったころだった。
従って、政策的意図としては、農村対策とというより軍事的・政治的意図のほうが大きかったように思われる。
分村移民・分郷移民という形だが、村の中からぜひ移民したいという動きがあったわけではなく、村指導者の積極的な働きかけ(煽動というべきか)によって移民が組織されていった感じだ。
その中で、大日向村を始め長野県下では、移民に向けた働きかけが非常に強かった。
恐慌による荒廃は東北地方でも厳しかったと思われるが、なぜ長野県なのか、いささか気になる。
後半は、満州統治が崩壊したあと、棄民となった日本人の帰国のための取り組みが、いかに行われてこなかったかを記している。
戦争により被害を被った人々のうち、軍人だけに補償し、顕彰するというのが、戦後日本の基本スタンスだった。
そのことの不当さは明らかなのに、なぜ、そのスキームが維持されてきたのか。
本書は、中華人民共和国とは交渉しないという、岸信介の反共政策が問題を先送りし、残留した日本人の貴重な時間を浪費させた大きな原因だと分析している。
それとともに、この問題の解決を強く要求してこなかった国民の側の問題もあるのではないかと思われる。