憲法に定める天皇の仕事を、明仁天皇が自分の解釈によって変質させようとしたのが「平成」という時期だったと述べている。
明仁天皇の行動に対してというより、彼の行動を事実上肯定・賛美する言論に対し、とてもよろしくない傾向と感じていた。
天皇の行動が右派・左派の批評の対象となることに対しても、よろしくないと感じていた。
明仁天皇が戦争より平和を好んでいることはわかった。
沖縄に共感しようと試みていることもわかった。
靖国神社に祀られていない戦没者を慰霊したいと考えていることもわかった。
そのことには、多くの国民が好感を持って受け止めているらしいこともわかった。
このまま推移すれば、明仁天皇は平和を愛し憲法を尊重した天皇だったと評価されるのかもしれない。
しかし、将来の天皇も平和を愛し憲法を尊重するかどうかは、わからない。
明仁が平和を愛すると同様に、将来の天皇が戦争と排外主義を愛するかもしれない。
そもそも現憲法は、天皇の政治的行為を禁じている。
天皇はいかなる政治的行為もできないはずだ。
極右の一部が天皇は祈っていればよいと主張しているらしいが、その点においては同感である。
本書は明仁天皇の言動を、時々の言論状況と関連づけて分析している。
戦争を起こし汚れた手を持った昭和天皇に対し、明仁に直接の戦争責任はない。
憲法の規定は昭和の反省のもとで作られている。
憲法を遵守する限り、天皇は規定された「国事に関する行為」以外のことはすべきでない。
「ご公務」など、規定にないのだから、それは「公務」ではなく、アルバイトの一種に過ぎない。
忙しければやらなくていいのである。