ファシズムが権力を握り、巨大な軍事ブロックを形成した1930年代末の世界において、スターリンとソ連がどのような役割を果たしたかについて、ていねいに分析している。前巻に引き続き、好著。
反ファシズム闘争の局面について詳細に分析されているのは、1936年に始まるスペイン内戦と同じ年の西安事件である。
コミンテルン第7回大会における反ファシズム統一戦線方針を受けてスペインでは、1936年に人民戦線政府が成立した。
スペインの経験は、ファシズムのこれ以上の拡大を阻止する上で、多くの重要な示唆をもつものだった。
スペイン共産党はもちろん、コミンテルンの支配下にあった。
スペイン共産党の方針や戦術を決めていたのは、スペイン共産党ではなく、コミンテルンだった。
共和国政府に対するソ連の軍事援助が一時的に効果を上げたこともあったが、ドイツの全面的な介入により、政府軍の状況は厳しくなった。
ファシストの軍事的な圧力が強まる中で、共産党は、左翼陣営のマルクス主義統一労働党への批判を強め、共和国政府は共産党の方針により、同党への弾圧を始める。
そのことのみが原因で人民戦線が崩壊したかはわからないが、軍事的危機状況の中での武力抗争は致命的で、共和国は崩壊した。
その状況は、マルクス主義統一労働党傘下の義勇軍に加わったオーウェルの『カタロニア讃歌』に、哀切に描かれている。
日本の中国侵略が挫折する転換点になったのは西安事件だった。
事件に登場するすべての人物がドラマに欠かせない役割を果たしたことによって、この奇跡が実現したわけだが、主役はもちろん、張学良だった。
蒋介石はおそらく、自分の支配権が一定確保できさえすれば、日本の中国侵略をある程度までは容認する立場で、彼が汪兆銘になる可能性さえあったと思われる。
日本の軍事力はやはり圧倒的で、日中全面戦争を目前に、中華民国は苦しい状況にあった。
これを最終的な逆転まで持っていけたのは、中国の力を一つにした抗日民族統一戦線の力であり、そのきっかけを作ったのが西安事件だった。
張学良・楊虎城ら国民党左派は、日本による侵略を食い止める上で中国共産党との連携は不可避と考え始めていた。
ところが蒋介石は、中国を守ることより自らの支配を維持することを優先していたから、大日本帝国より中国共産党を主敵と考えていた。
にもかかわらずスターリンは、中国の支配者・蒋介石と結ぼうとし、毛沢東らの抗日統一路線を妨害した。
著者は、スターリンの存在が国際的な反ファシズム運動の障害となっていたことを明らかにしている。
本書の後半は、独ソ不可侵条約に至る流れの分析である。
独ソ不可侵条約こそ、第二次世界大戦開始を決定的づけたできごとであり、ヒトラーとスターリンこそ、世界戦争を起こした最大の戦争犯罪人だった。
最悪のファシストであるヒトラーとの提携は、さすがにソ連共産党・コミンテルンにさえ秘密におこなわれた、スターリンの陰謀だった。
それにしても、事態が露見してもなお、世界のコミュニストたちがなんの抵抗もしなかったのは、無惨な歴史である。
この当時の共産党とは一体、何がしたかった政治グループなのか。意味不明と言わざるを得ない。
著者はもちろん、その問いに明快に答えておられる。