神立尚紀『カミカゼの幽霊』

 『桜花―極限の特攻機』を読んだ記憶があるのだが、読書ノートにない。
 やっぱりちゃんと書いておかなくてはだめだな。

 桜花とは、爆薬と人間を搭載したミサイルで、帝国海軍の特攻兵器として開発され、1945年4月以降に実戦に投入されたが、ほとんど戦果を上げることができず、徒に犠牲を出した。
 航空特攻の場合は出撃ののち事情により帰還する場合も少なくなかったが、モーターボート特攻(震洋)や人間魚雷(回天)や桜花の場合は、母機ないし母艦から発射されれば必中ならずとも必死の残酷な兵器だった。

 本書は、桜花の発案者である大田正一少尉の戦前・戦後を描いている。

 とはいえ、海軍の下士官だった時代についてはともかく、戦後しばらくの大田については、あまりはっきりしたことはわかっていない。
 敗戦後、遺書を残して、訓練基地だった神ノ池基地から太平洋へ飛び立ったのだが、いつしか各地で目撃されるようになる。
 妻子がいたにも関わらず、帰宅せず、ついには死亡届が出されて、戸籍上は存在しない人間となった。

 彼はどうしてこのような行動を取ったのか。
 彼は「自分が生きていたのでは困る人間がいるから」と語ったそうだが、その虚実も、そのように語った事情もわかっていない。

 その後大田は、変名で大阪に定住して再び家族を持つ。
 戸籍がないのだから、もちろん、事実婚である。

 大田がなくなる直前から、家族の手によって、大田の本名や来歴が、少しずつ解明される。
 このような努力の結果、桜花の開発をめぐる事情がかなり明らかになった。

 わからないのは、大田がなぜ、存在しない人間にならねばならなかったのかという点である。
 その背景には、帝国陸海軍の、明らかになっていない部分があるのではないかと推察されるが、それもまた憶測でしかない。

(2023,6 Kindle本 2023,7,31 読了)

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