坂野徹『縄文人と弥生人』

 列島の石器時代人とはどのような人々だったかに関する研究史。縄文人と弥生人についての研究ではない。

 列島の原始時代については、いくつかの角度から論じられてきた。
 戦前においては、記紀神話が作り話だと主張するのは、生命の危険につながる無謀な行為だったので、多くの学者たちは、非常に苦慮してきた。
 作り話と科学を融合させて歴史を描くのは、当たり前だが、とうてい無理な話だった。
 科学的な原始時代研究は、まずは記紀神話を作り話と前提するところから始めなければならなかったのだが、それができなかったために、学問はおそらく数十年ほど、進歩を妨げられた。

 学問的に日本人論を展開したのは、一つは人類学だった。
 DNA分析という手法が存在しなかったため、日本人研究は、遺骨の分析が中心となった。
 原始日本人がアイヌであるとか、コロボックルであるとかの論点が出され、それが議論された。

 もう一つの論点は、考古学から出された石器・土器の編年研究だった。
 日本における旧石器時代の存在を証明したのは岩宿遺跡の発見だった。
 土器を伴わない遺跡がその後も見つかり、打製石器の編年研究が進んで、列島における旧石器時代の存在が確定的になった。

 さらに縄文土器の編年研究により、縄文人が列島で悠久の時を刻んでいたことがわかった。
 少なくとも縄文時代においては、縄文人が日本人だったことが証明された。

 問題は、旧石器時代人が縄文人であるのか、また縄文人と弥生人はいかなる関係なのかという点に絞られた。
 戦後、縄文人が暮らしていた列島に弥生人が渡来し、列島民の原型が形成されたとする説が有力となり、現在に至っている。

 「日本人」が原始時代から存在したかのように誤解する人がほとんどな現在、列島民が何ものなのかについての議論は、研究史から見たほうがわかりやすい。
 列島民とは、列島に生息する人類なのであり、それ以上の意味など、なにもない。
 列島民特有の文化などというものがあるかのように、教科書にも書いてあるが、そのようなものは存在せず、存在するのは列島の自然に即した暮らしの文化なのである。

(ISBN978-4-12-102709-2 C1221 \940E 2022,7 中公新書 2023,5,7 読了)

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