大塚茂樹『「日本左翼史」に挑む』

 佐藤優・池上彰両氏の『日本左翼史』三部作(自分は未読)を批判的に読みつつ、独自の日本共産党史を描こうとしている。

 社会主義に希望を見出す人は、社会主義社会が不平等(近年は「格差社会」などと表現される)を是正し、精一杯働いても苦しい生活を強いられる資本主義社会の理不尽を、根本的に改めることができると考えていると思う。

 マルクスやエンゲルスは歴史や経済を深く分析することにより、資本主義に内在する矛盾を解明し、革命という実践により、社会主義社会は実現できると説いた。
 二人の築いた理論体系は、直感による単なるご託宣ではなく、現実を深く分析した精緻なもので、彼らはこの理論を「科学」だと呼んだ。

 分析と構造的体系を備えた彼らの理論はヨーロッパの知識人に知的衝撃を与え、この理論体系を多くの人々が受け入れた。
 マルクス主義は実践的な社会変革の理論だったから、その理論の現実化を図る政治的グループである共産党が生まれた。
 早くも1917年にロシアでは、レーニンらによって、社会主義革命が実現した。

 ロシアで実現したのは、後進的な資本主義国だった帝政ロシアの現実に即して築かれた社会主義だった。
 1917年以降、ロシアの社会主義者たちは、いかにして社会主義社会を建設するか、模索した。

 歴史に類例のない社会を建設するのは、非常に困難だったと推察される。

 ロシアの生産力は高くなかった。
 帝国主義諸国は、武力による革命干渉戦争を仕掛けた。
 反革命の考えを持つ人々とも、闘わねばならなかった。
 なにをどうやって、工業・農業の社会主義的な仕組みを築くかという戦略を立てねばならなかった。
 ロシア以外の国の社会主義者とどのような連携を作るかも、考えねばならなかった。

 これらすべての課題をこなすには、ロシアの共産党は、特に理論面においてあまりに非力だった。
 実現したのは結果的に、恐怖政治・少数民族軽視・帝国主義と、一般的なデモクラシー国家以下の反人間的な国家・ソ連だった。
 その後中国その他、東欧や北朝鮮もこれに倣った。

 日本の共産主義者は戦争中、国内になんの影響力を発揮することもできず、獄中・国外にいた。
 戦後、活動を再開したが、理論面で非力だったソ連共産党の指導下にあって、戦後日本の現実に即した活動方針を確立することができず、理論的に右往左往する状態だった。

 留意すべきは、日本の共産主義者も、ソ連以来の「排除と純化」という組織風土を堅持してきたことである。
 スターリンが批判者を排除し粛清してきたことは知られているが、中国でも日本でも、共産主義者のそのような風習は、受け継がれた。
 組織内部の異論は絶対に許容されず、暴力によって排除された。
 日本の共産主義者も、スターリンや毛沢東らの語り口を真似て、異論を持つ人を抹殺した。

 このようなしぐさは、旧社会党・共産党・新左翼諸勢力に共通するが、思想的に「左」に振れるほど、その傾向が強い。
 興味深いことに、「保守」的な思想の持ち主には、その点の寛容性が大きい傾向があり、「保守」に安心感を感じさせる一要因ともなっていると感じる。

 さて、いろいろ書いてきたが、本書の後半部分は、主に日本共産党論である。
 佐藤優氏に劣らず驚嘆すべき著者の読書により、共産党史における多くの事実が紹介されている。
 著者は、ある一つの事象によって全体を論断したり、いきなり共産党の本質論にもっていったりするのでなく、党史におけるさまざまな局面やエピソードに目配りした上でこの党を極力等身大に描こうとしているように思う。

 著者の論じる方向性は、寛容性(これは組織の民主主義の試金石だ)のある組織であるべきだというところかと思う。
 ここ数ヶ月の日本共産党の醜態を見ていると、希望はなさそうだが、著者のような論が指導部に届くことを望みたい。

 理不尽な世の中は正されるべきだし、この党の党員の中には、正義感とか献身性とか、現代社会に求められる最良の人間性をもった人が多いと感じるからである。

(ISBN978-4-87154-229-6 C3031 \1980E 2023,3 あけび書房 2023,5,7 読了)

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