小澤浩『中山みき』

 中山みきの略評伝。

 幕末から明治初年にかけての民衆の心性の一つの大きな流れが、大本教・丸山教・天理教などの民衆宗教だった。
 安丸良夫氏は、出口なおの研究を通して、通俗道徳の徹底的な実践によっても救われない現実からの救済を、新たな神への信仰実践に求めたのが、これら民衆宗教だったという視角から論じられていたと記憶する。

 本書の描く中山みきの前半生はほとんど描かれていないが、必ずしも通俗道徳の実践者だったわけではなさそうだ。
 みきの言わんとしたことは、通俗道徳的な自己鍛錬とはむしろ対極にあって、物質的な裕福さを求めるのでなく、「陽気暮らし」という言葉に象徴される精神的に豊かな生活をめざせということだったと思われる。

 中山みきを、通俗道徳論という歴史的概念の中で位置づけるのでなく、動乱・苦難と危機の時代だった幕末・明治期において、大地に根ざしたヒューマニズムを確立しようとした思想家と考えたほうが、彼女の全体を捉えやすいのではないかと思う。

 寺壇制度のもとで寺院が権力機構の一部と化し、神社が民衆の日常信仰の一環になり、一部神官は名分論という妄想に頭の中を占拠されるという状況にあって、民衆の精神的救済はいかにして可能だったか。
 中山みきの発した素朴で力強い数々の文言は、宗教の持つ本来的なヒューマニズムの発露だったと思う。

(ISBN978-4-634-54865-7 C1321 \800E 2012,11 山川出版社 2021,3,17 読了)