「キノコにもいろいろあります」
「はあ」
「たとえば、ムラサキシメジなんてのを、採ったその場で焼いて醤油をたらして食べる。たまりません」
「はあ」
「イグチの類も、こうばしい」
というような会話を作中で見つけると、あごを引き、姿勢をちょっと正してきっちり読まねばと思ってしまう。
主人公のOL・ツキコのお相手は、約30歳年上の、高校の国語教師を定年退職した「センセイ」である。
「センセイ」は奥さんに逃げられ、一人暮らしで、しばしば居酒屋で一人、酒を飲んでいる。
ツキコと「センセイ」の恋愛は、すっかり冬枯れた、下地のよい雑木林を、落ち葉を踏みしめながら歩いているように、枯淡で、しかも先が見えない。
ツキコの同級生の小島という男がほんの少し絡むのだが、読んでいて気の毒なほど若く、勢いだけで生きているような人間で、作品はほぼずっと、ツキコと「センセイ」の会話によって進行する。
「ワタクシはいったいあと、どのくらい生きられるのでしょう」というほどに欲がなく、勢いというものを感じさせない「センセイ」に対し、30代後半のツキコは、そんなわけにもいかない。
思わず声に出して笑ってしまうこの作品の可笑しさは、そんな二人がお互いを大切に思いながら、折々の語らいを重ねていくことで、心地よく胸に沈んでいく。
2018年10月18日、生まれて初めて、電車で若い人に席を譲られた。
折しもこの本を読んでいたのだが、「センセイ」のこの枯れ方を、他人事でなく感じた。