1960年代後半に刊行された『日本の歴史』シリーズの第10巻。
『南北朝の動乱』の次の巻。
応仁の乱に集中的にあらわれた室町幕府の脆弱さと、その背景について、叙述している。
実にあっさりと滅亡した鎌倉幕府自体が、そもそも脆弱な政権であり、列島の統一政権などではあり得なかったのだが、室町幕府は、そのことが誰の目にも明らかになったまま、権力を維持しなければならなかった。
したがってその権力は、畿内武士の連合政権でしかなく、離合集散は朝飯前という前提で成立していた。
この巻のタイトルにあるように、この時代は、地域の小支配者が大名に成り上がることも、国人・百姓が地域権力を掌握することも可能だった。
最も激しく凋落した公家・寺社階級にとって、それは悪夢だっただろう。
畿内の動向については、これら斜陽階級の人々が多くの記録を残してくれている。
東国もまた同様の内乱状態にあったのたのが、史料が少ないのは残念である。
応仁の乱については詳しく書いている「日本史」の教科書は、享徳の乱・長享の乱について、ほとんどふれていない。
これではいけない。
現場の教師がしっかりと学び、室町時代の関東について、きちんと位置づけなければ。