佐々木道誉の評伝。
道誉といえば、破天荒な人物という根拠なき印象があったのだが、彼は、粋でユニークではあっても、時代の枠をはみ出たような人ではない。
この時代の人物でいうなら、後醍醐天皇こそ「ばさら」の典型だろう。
佐々木道誉は、鎌倉幕府打倒に際しては足利尊氏と連携し、その後ほぼ終始、尊氏と行動を共にした。
鎌倉幕府が源頼朝の個人商店でなかった以上に、不安定極まりない足利政権を創始した尊氏にとって、有力御家人だった佐々木氏は、家臣というより同志的存在だったと思われる。
未だ「室町幕府」とも言い難かった尊氏時代の足利政権は、最初から御家人連合的性格をもっていたから、その屋台骨の一角を担った道誉らの意向が幕政の帰趨にとって大きな意味を持ったのは確かで、それが傍若無人な印象を与えるのかもしれない。
道誉の個性は、粋な趣味人としての心性を持っていた点だろう。
武家政権の重鎮でありながら、連歌・茶・能・花などに一流の見識を持っていたところに、彼がこの時代を象徴する存在だったゆえんがあると思われる。