戦国時代の石和周辺の村の一家に起きたできごとを淡々と描いた小説。
『楢山節考』で、非情な世界が描かれたが、この作品でも、人が容易に殺されていく。
時代は武田信虎・信玄・勝頼三代にまたがるが、武田家当主は表情を持つ存在としては登場せず、時代背景の一つとして配置されるのであり、描かれるのは「ギッチョン籠」と呼ばれた川べりのあばら家で暮らす家族である。
お屋形様(武田家の当主)のちょっとした不興を買って、殺される。
お屋形様のいくさに随従していって、殺される。
手柄を立てて少し偉くなると、武田家が滅亡する時には、みんな一緒に殺される。
最後に残るのは、息子・娘たちをお屋形様のためにみんな失った夫婦のみである。
戦いが終わり、死体の流れる笛吹川べりで老夫婦は、米を研ぐ。
水底に沈んでいた武田の旗指し物を定平(老人)が拾いあげ、すぐに捨てるシーンがエンディングであるが、まるで映画のようで、とてもニクイ。
鹿野政直先生は、『日本近代史』の中で、西岡虎之助先生の言葉として、『笛吹川』のような歴史を描きたい、という言い方をされていた。
なるほどと思う言葉であるが、この作品には、彼らの暮らしぶりそのものの描写はまったくない。
それでは民衆の歴史ではない。