ソウル出身の父を持つ著者が、位牌を持ってソウルを訪れ、父の親族と初めて交歓する様子を描いた話。
著者の海軍兵学校・陸軍士官学校受験の際に、渡日後一度だけソウルに戻り、その後日本で死去した父の一族は、協力者の助力も得て最大限の歓迎を与えてくれたらしい。
日本人である著者の母は当然、朝鮮人に対する偏見をまったくもっていなかった。
また著者自身も、父親が在日朝鮮人だという事実を長じるまで知らず、露骨な差別にさらされた経験もなかった。
ソウルの親族も著者を半日本人扱いすることなく、親族として遇してくれた。
著者は近代日朝関係に存在するたくさんの否定的史実を念頭において記述しているが、本書を一読した限りでは、著者自身が日本人・韓国人による偏見にさらされたことはなかったようだ。
著者の父がなぜ、ソウルの実家を出て日本に渡ったか、三・一独立運動や創氏改名や皇国臣民ノ誓詞をどう受け止めたかなどは一切不明であるが、彼は日本人として生きることを拒否していなかったようにみえる。
キーマンは著者の母ではないかと思う。
国籍という偏見で見ることなく夫を夫として接し、病身を押して、ソウルの親族に密かに挨拶の品を送ったりなどしたこの人の存在が、関係者同士の偏見を溶かしたのだろうと想像できる。