スベトラーナ・アレクシエービッチ『チェルノブィリの祈り』

 チェルノブィリ原発事故に関わったさまざまな人々からの聞き書き。

 チェルノブィリ事故に対し、科学者も政治家も、コトバを吐く。
 しかし、それらの言葉は全て、言い訳だったり、虚偽だったり、脅迫だったりする。

 チェルノブィリという過酷な現実を前にして、魂の表白であるコトバは成立しうるか。
 もしあるとすれば、このような本になるしかないだろうと思える、

 人は、大地の上で生きる。
 大地から、生きる上で必要なものを得て、命をつなぐのである。
 大地が単なる無機質と化したとき、命は絶えてしまう。

 人は、人とのつながりの中で生きる。
 全て揃ったボックスの中は、ただその身を横たえるには十分かもしれないが、命の活動は停滞する。

 人に必要な基本的生存条件と交換可能な快適さ・名誉・カネなどありえない。
 複雑な社会においては、複雑な思考が必要だなど、嘘八百だ。
 人が生きるとは、ごく単純なことである。

 健全な大地があり、隣人がいて、愛があればそれで、この上ない幸福なのである。
 そんな簡単なことがわからないのは、よほどアタマが悪いとしか、言いようがない。

(ISBN978-4-00-603225-8 C0136 P1040E 2011,6 岩波現代文庫 2016,6,14 読了)