「日本」とドイツの労働観の違いについては、よく指摘されている。
ドイツ人にとって、オフタイムは生きる意味に匹敵する重要な時間であるらしい。
勤務と勤務時間の前後にも、画然としたけじめがあるのが当然とされる。
「日本」では基本的に、労働者は追い込まれることによって能率を上げると考えられている。
追い込むとは、仕事量を増やすとか、ノルマ未達成に対しペナルティを課すなどの方法である。
ここには、労働者を自律的な存在ではなく、指示されなければ動かない、意思なき人間とみる人間観がある。
根本的には、そのあたりがちがうのだろう。
ドイツ的なやり方のほうが生産性が上がるのだから、経営者はそのようにした方がよさそうに思えるのだが、そうならないのは、労働者を自律的な存在として見るのが嫌だからなんだろうと思う。
「日本」の経営者の多くは、生産性より経営者という立場や面子に、より価値を見出しているのではないかとさえ、感じられる。
現在まだ、現役労働者であるのだが、世の流れはますます「日本」的労務管理が幅を利かせつつある。
将来のある若い労働者が気の毒である。
貴重なオフタイムをボロ雑巾のようにぐったりと過ごすなど、愚の骨頂である。