田中角栄とはなんだったのかに迫る評論。
田中が何をしたかとか、田中の経歴がどうかとかいう点にはほとんどふれず、田中がどんなタイプの政治家だったのかについて、さまざまな角度から評している。
田中角栄がやろうとしたことについては、(自分には)かなりわかってきつつある。
彼は、東京一極主義や地方の軽視、とくに交通インフラの不足によって経済成長を妨げられている(と彼が思った)地域に予算をつぎ込み、全国的にバランスのとれた経済成長のあり方を考えていたと思われる。
彼の構想を実現するには権力が必要である。
権力を得るにはカネが必要である。
田中の構想は、中央の財界にとってさほどオイシイ話でもなかったから、彼は経済界に有力なパトロンを持たなかった。
企業からの献金があまりあてにできないぶん、自分でカネを作り出さねばならなかったために、彼はみずからの「金脈」を持たねばならなかった。
そのことは野党にとって、格好の攻撃材料となり、田中は逮捕され、没落した。
無能な野党は今でも彼を「金権政治家」と罵倒するが、彼の功罪については、より緻密な総括が必要である。
これだけは言っておきたいが、田中角栄は自民党の中にあって、戦争準備ともっとも疎遠な政治家だった。
本書は、政治家としての田中角栄の言動をるる、紹介しているのだが、彼は基本的に平和主義者であり、民主主義者である。
自分と敵対する人物に権力を使って打撃を与えようとするような陰湿さもない。
田中以後の自民党の政治家にも、まともな人間は少なくなかった。
今になって思えば、「田中軍団」などと罵倒された田中派にはむしろ、まともな政治家が多かった。
そのような点を野党もまた認めるべきだし、田中的な政治とはなんだったのかはすでに歴史の研究対象であると思う。