愛新覚羅溥傑妃の自伝。
著者は王妃じゃないので、このタイトルはどうかとは思う。
前半部分で印象的なのは、横暴な関東軍幹部の言動を前にして、著者が困惑するところだった。
関東軍が横暴だとは言われていたが、皇帝や皇弟をここまで侮蔑していたとは知らなかった。
著者にとって皇弟溥傑氏が優しく誠実な人間だったことだった。
著者はしかし、関東軍幹部や日本人の横暴によって苦しむ満州の人びとに共感する。
それは、皇弟さえ軽んじられる現実を体験していたからだろう。
その共感力が生死の境界をさまよう流浪の日々に、なにがしか益する点があったに違いない。
後半では、愛娘の死去という気の毒この上ない事件が語られる。
ここに綴られた気持ちは、母親として当然とはいえ、痛々しくて読むのも辛い。
溥傑氏が撫順の戦犯収容所から釈放されたのち、著者母娘は国交も開かれていない中華人民共和国へ帰国して溥傑氏と再会する。
その場面は涙なくしては読めるものでない。
溥傑氏の釈放や母娘の帰国、さらにはのちの文化大革命時にも、周恩来は細かな心づかいを絶やさなかったようだ。
西安事件の一方の当事者として抗日戦争を勝利に導き、暴君毛沢東を補佐して試行錯誤そのものだった人民中国を建設し、田中角栄氏と日中国交回復を実務的に実現した周恩来はやはり、大きな政治家だったと思う。
満州国とはなんだったのかについて、皇弟妃としての立場で鮮やかに描いた好著だった。