著者なりの『21世紀の資本』の読み方を展開した本である。
20世紀末(おおむね冷戦終了ころ)以降、資本主義は明らかに以前とは変貌してきた。
労働者を犠牲にして自己増殖する(それは結局のところ株主や経営者の資産になるのだが)のは資本の本質だとはいえ、1980年代ころまでは、資本の論理より基本的人権が優先する法・制度・世論が支配的だった。
社会は、一気によくなりはしないものの、かつてマルクスが告発したような酷薄な状態が訪れるなど、思いもかけなかったし、よい方向に少しずつ向かっていると、誰もが信じていたように思う。
資本主義が社会主義に勝利し、資本主義制度のもとで生きる人間にとって、制度を選択する余地はなくなった。
資本は勝利者となり、支配者となった。
マルクスは、資本の非人間性を突き止め、資本の支配を否定することによって人間性を復権しようと呼びかけたのだが、彼の理論は残念ながら、ものにならずに終わった。
かくて、勝利した資本が傍若無人に振る舞う時代が訪れた。
制度選択の余地がなくなった今、人間性の回復は可能なのか。
「漬物石ほどの重さの高価な専門書」だという噂に怖気づき、とりあえず本書を読んでみたのだが、ピケティは、資本主義やグローバル経済を前提としてもなお、人間性回復のための制度を模索しうると考えているようだ。
「だから資本主義は非人間的なんだ」とぼやくだけでは、世界を変えることなどできない、ということである。
ピケティの処方箋は、主として二つである。
一つは、累進課税の強化。
これによって、高額報酬を無意味化し、所得格差に歯止めをかける。
もう一つは、「世界的資本税」すなわちグローバル課税の創設である。
グローバル経済は、資本の流動化を促進する一方で、厳として存在する国境は、課税逃れのためのフェンスとなる。
グローバル課税により、所得税の低率な国へと資本が逃げることを許さず、所得だけでなく資産に課税することによって、実質的な資産格差の拡大を阻止する。
中産階級を復権させる(20世紀後半型)資本主義経済の再生が、ピケティ提案のねらいである。
アベノミクスというか、この間の政権の政策はことごとく、この提案に逆行するものである。