過日なくなられた著者による、おそらく最後の著作ではないかと思う。
秩父市内から横瀬町内にかけての散策ガイドだが、たいへん詳細に書かれていて、本書を片手に歩いてみたくなる。
地域には、石造物や小堂宇など、ごく狭い範囲の歴史を物語る史跡が無数に存在する。
それらの中には、今なお祭祀の対象になっているものも少なくないが、口伝が曖昧化しているものもある。
秩父事件は動的な歴史だが、本書に掘り起こされている歴史は、静的な歴史である。
いずれも秩父の民衆史であることに違いはなく、同じ民の異なる表情を示したものであり、ここに綴られているような日常の中に、革命への契機が内包されていたのだから、民衆史は奥深い。
本書には、大正期に多数建立された石の道標や戦争に関する石造物はまったくとりあげられていない。
著者は、江戸時代以前の史跡を念頭にこのガイドを書かれている。
時代の異なる言い伝えが混在したり、後日の研究によって口碑自体が変化することもある。
それによって本書は、江戸時代の秩父の原風景を描くことに成功しているのである。
著者が小鹿野・皆野・長瀞などのこのようなガイドをお書きになれば、どんなに面白かっただろう。
著者とは同業者として、一緒に仕事させていただいたこともあるが、調べ聞き取る精緻さは、とても真似できるものではなかった。
お疲れさまでしたと言いたい。