白瀬矗の南極行を描いた小説。
小説だが、明らかな創作とみられる部分はほとんどないから、著者は、ドキュメントに準ずる作品として執筆したのではないかと思われる。
白瀬が南極に向かったのは、アムンセンやスコットと、ほぼ同時期である。
明治末年という時代は、「日本」人が南極探検に出かけるには、あまりにも早すぎで、ルート研究も装備も隊編成も、ことごとくが不十分だったから、基地出発から6日間を南進して、南緯80度強の氷上に到達して撤退した。
明治とは、「日本」のジャーナリズムが国家意識に凝り固まりつつあった時代である。
白瀬の南極行も、国家の威信発揚という名分のもとで、義援金を募っている(国からは金は出なかった)。
白瀬が最終到達地点に「日の丸」を立て、「占領」したと叫んだのは、それがこの行動の主たる目的の一つだったからだろう。
白瀬の行動は、彼に続く南極探検に、数々の経験をもたらすという形でこそ生きたのだろうが、「日本」には、「南極一番乗り」を他国と張り合う以上の文化は、自生できなかった。
文庫版670ページと、けっして軽薄でない本書の大部分は、白瀬をめぐる、数々のウチワモメ記で埋められている。
出発前から行動中・事後にかけて続発した揉め事の原因は、白瀬の性格にもあっただろうが、南極行を共にした個々のメンバーの意識がなんら統一されていなかったことが疑われる。
隊長の白瀬を含め、極地探検への文化が成熟するには、早すぎたのだろう。