新釈とあるが、遠野物語のパロディではなく、岩手県釜石周辺における、創作奇譚集である。
正体不明の老人が、青年に奇想天外な物語を、あたかも事実であるかのように語ってみせるのだが、最後は、その老人が化けた狐だったという井上作品らしいオチがついている。
列島の民が伝承してきた習俗や伝承の多くは一見、非合理的に見える部分もあるが、じつは社会を持続させるのに必要な知識や態度の集大成だった。
狐が人を騙すという物語もまた、その一つなのだが、現代人の多くは、それらの習俗や伝承に関し、ほとんんど見識がない。
そのことの意味を哲学的に明らかにしたのが、内山節氏の『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』だった。
井上氏のこの作品は、おなじことを、小説に形象化して見せたものだといえる。
内山氏の本が出たのは2001年だが、この本が出たのは、1976年である。
その点、井上氏の先見性たるや、凄いものがあると思う。