太平洋戦争(大東亜戦争)における、「死」の諸相を概観した本。
戦争に「死」が伴うのは当然だし、「死」は戦争の目的でさえある。
しかし、戦争における「死」の実相について、自分もそうだが、リアルなイメージを持っている人は多くなく、ことに指導的立場にある者たちは、ひと一人の「死」を、手ゴマ一個を失った以上には感じていない。
愚かなことだが、それは、太古の時代より一貫した真実である。
厄介なことに、ひとの「死」になんの感想をも持たない指導的人々にとって、「戦争」はビジネス上の大きなチャンスだったり、立身出世の大きな手がかりだったりする。
石原慎太郎は、尖閣諸島に接近する中国の艦船に「寄らば伐る」と言えばよいと述べた。
接近すれば攻撃し殺すという意味である。
彼は、戦闘の現場に出向かないし、国会議員である彼の息子たちも、あれこれと適当に威勢のいいことを言ってればよい立場である。
しかし戦えば、間違いなく、中国にも「日本」にも、無残な「死」が展開する。
本書は、戦争における「死」が、この上なく無残で、救いようもなく悲惨で、かつ全く無意味だという、その実相にこだわる。
ところで、戦争は必ず、「死」を伴うものであるにもかかわらず、戦争を教えよという人々は、「死」の無惨な実相を教えてはならぬという。
成長途中にある若い人々に残酷なことを教えるのは精神的によろしくないからだという。
しかし、いったん戦争の現場にたてば、もっとも無惨に死なねばならない人々にこそ、戦争で死ぬことの意味を教えなければならない。
それは、自分たちにふりかかる問題だからである。