考古学者・直良信夫氏の伝記。
氏の伝記は、自伝の『学問への情熱』、第三者による『明石原人の発見』の二冊があるが、本書は家族(娘)による伝記であり、直良氏の身辺に関する記述がされていて、氏の学問がどのような人生の中から生み出されたのかをいきいきと描いている。
氏の研究の骨格が形成された戦前期に、その研究を物心ともに支えたのは奥様だった。
戦前の女性としてはエリートだった音夫人が、直良氏の研究の価値をどのように見ており、どのような心性でそれを支えてきたのかが気になるのだが、本書にも、夫人のこの時期の肉声はほとんど記されていない。
死ぬ間際に音夫人が著者に語ったという「私の一生はつまらない人生だった」という言葉から感じられる報われなさは、どう理解すればいいのだろう。
終章で、その後の出土物から、「明石原人」が発見された同じ地層から人為的に加工された木片や打製石器が発見され、直良氏によって発見された人骨化石がネアンデルタール人クラスの「旧人」だという可能性が高くなったことが記されている。
絶滅した人類が、日本列島にも生きていたというのが事実なら、なんともワクワクする話である。
列島における「旧人」の終期がいつだったのかなど、まだまったくわかっていない。
列島でも、「旧人」と「新人」の出会いがあったのだろうか。