1960年に初版が刊行された、山岳名著と言われる本。
収録された山行記はおおむね1950年代のものである。
登攀記録や厳冬期の縦走記は、人間の体力・登攀技術と山・岩など自然とのせめぎあいが主題となる。
しかし、北八ヶ岳は、そのような登り方をする山ではない。
広大な針葉樹林の中に池と岩峰が点在させ、随所に風衝草原を配するこの山域は、森の深さや、ときおり差し込む光のまばゆさや、梢を渡る風の音を感じながら彷徨するのに似合っている。
そのような山域の深みを、もののみごとに散文へと昇華させたところが、本書の名著たる所以だろう。
もちろん、北八ツの森をどこまでも深く感じとるだけの感性がなければ、このような山行きは成り立ち得ないのだが、ここに記録された山行のように余裕ある日程は、正直いって羨ましい。
いずれにせよ、北八ツをそれにふさわしい歩き方で歩いたことがないので、現在のところは、いつかこんな山歩きができることを夢見るだけに留めざるを得ない。