横浜の高校を卒業した青年が、三重県の林業会社に就職させられ、山仕事と地域の現実を理解していくという小説。
よくよく考えれば非現実的な部分もあるのだが、山村の現実をよく取材した上で書かれているので、リアリティがある。
あえて言えば、山林地主であり、林業会社の経営者であり、主人公が属する作業班のチーフでもあり、村の重立ちでもある「清一さん」の存在だけは、ちょっと現実離れしていなくもない。
ふつうの高校生にとって、林業は、面白い仕事の部類に入ると思う。
自然を相手とする仕事だし、やりがいのある仕事だし、数ある職業の中で最も長いスパンで効果の出る仕事でもある。
また、高度な熟練技術と体力の必要な仕事である。
さらに、現在の日本列島で、最も必要とされている仕事の一つでもある。
どこかの政治家が、「都会のホームレスに林業をやらせればよかろう」と発言して、小さな物議をかもしたことがあった。
林業が、どちらかと言えば斜陽産業視されているのは、国家機構が、林業などどうなってもよいと考えているからだろう。
長いこと、林業を学ぶ高校生とつきあっているが、林業に従事したいという意欲のある人はかなり多い。
問題は、求人がほとんどなく、就職する機会が非常に少ないことである。
これでは、林業にまともに取り組んでみようという若者が育っていかない。
現在の林業労働者の持つ知識や技術が伝承されないと、日本列島の環境が荒廃し、人間の生存基盤が破壊される。
水も空気も汚し消費するしか能力のない都会民は、そんなことを全く考えていないだろう。
主人公の「勇気」は、林業技術の深みに驚嘆し、山村における人間関係の濃密さに辟易しつつ順応し、地域住民から受け入れられることを素直に肯定する。
これが日本列島における、普通の人間の姿なのである。
この風景をもの珍しいと感じるような感性は、どこかおかしいと感じなければ、まともではない。