長編小説『武田信玄』のエチュード的な位置にある短編集。
いずれも楽しめるが、「武田金山秘史」が興味深い。
戦国時代史に詳しくないのだが、列島が躍動的なカオスと化した、魅力的な時代だ。
秩父地方の歴史に関わりのあるのは、後北条氏と武田氏である。
うち、後北条氏は、旧大滝村を除いた秩父のほぼ全域を支配し、旧大滝村は武田氏の支配下にあった。
織田が濃尾平野の穀倉地帯を経済基盤としたのに対し、水田に乏しい甲州を支配した武田は、甲府盆地を囲繞する山岳に産する金に恵まれた。
武田の金山は、天子山塊と奥秩父・大菩薩山塊に存在した。
産金は信玄の代に早くもピークを超えたらしい。
小説には、黒川金山の飯場だった「黒川千軒」を題材にしている。
「千軒」とは武田の鉱山の飯場の名称だったようだ。
奥秩父には、「金山沢千軒」と「股ノ沢千軒」の地名が残っており、「股ノ沢千軒」から移設された「千軒地蔵」が現存するが、「千軒」地名がどこだったかは、わからない。
江戸幕府成立後、甲州は、甲州街道最大の戦略的要衝として親藩領あるいは直轄領だった。
奥秩父もまた、甲州に付随する要地だったらしく、徳川は、武田の旧家臣を関所の番人に任じた。
今となっては位置すら不明確な奥秩父の「千軒」でどれほどの金が産出したのか、史料もないのだが、原全教の『奥秩父』は、昭和10年代になってもなお、武田の埋蔵金を求めて奥秩父を歩く山師がいたことを伝えている。
自分の感覚としては、奥秩父の「千軒」は幻だったのではないかという気がする。