日本列島における農具の変遷をあとづけた書。
農作業において、より便利な農具は欠かせない。
より便利とは、より省力化できて、より能率的ということである。
農作業のなかの基本的動作はまず、耕耘である。
この列島における農作業の特徴は、集約的だという点にあるから、耕耘を伴わない農作業はあり得ない。(不耕起農法はごく小規模でない限り不可能)
本書に紹介されている古代以来の鋤や鍬の変遷をたどってみるに、時代とともに改良されているとはいえ、実際にそれを用いて耕耘することを考えると、気が遠くなるほど、労苦多くして効率が悪いことが想像される。
2004年まで約5年間、人力(マンノウ鍬)で耕耘してきたが、身体が消耗すること甚だしかった。
2005年から管理機を導入したおかげで、耕耘やうね立てなどの作業能率が飛躍的に向上した。
まことにありがたく、思いきり使い倒しているのが実状なのだが、管理機では深耕はきかないし、長期乾燥後のあまりに硬い地面は、人力でやるしかない。
これ以上に有能な機械が存在するとは信じがたいが、農作業の省力化自体は、肯定すべきことだと思っている。
耕耘の次に労苦の多いのは、体感的には除草である(畑の場合)。
夏の間の農作業は、8割方が除草の労だといえる。
こちらは、薬剤の使用以外に、画期的な進歩はない。
病虫害にも、省力的で有効な対策は薬剤しか、考えつかない。
しかし、自家消費用の作物に、出荷用と同じように薬剤を使用する農業者など存在しない。
薬剤の危険性は、誰もが理解しているのだが、日本の流通システムが、薬剤使用を必要としているのが実態である。
薬剤のリスク情報はさりげなく伏せられている。
農具の進歩は歓迎すべきことだが、リスキーな情報を伏せるのはまっとうなやり方とは言えない。
ここは省力できない部分があっても、やむを得ないのではないかと思っている。