ミトコンドリアDNAの解析によって人類進化の歴史をあとづけた書。
人類史は考古学・生態学などによってしか解明できないと思っていたが、母親から娘へとそのまま伝達されるミトコンドリアDNAを調べることによって、母系をたどることが可能であるという。
ミトコンドリアDNAの信頼性に関する議論は、専門外の自分にとって立ち入り不能の領域である。
しかし、本書で縷々展開されている現代人の発生史や移動ルートの分析には、説得力がある。
本書の記述によって改めて理解できたことの一つは、ネアンデルタール人とクロマニョン人(現代人)とがほぼ完全に別種の人類だということである。
『ネアンデルタールと現代人』でも、この点について書かれていたと思うが、この2種の人類の交雑についてかすかに可能性を残す記述だったと記憶する。
われわれは、絶滅したネアンデルタール人について、もっと関心を持つべきだと思う。
この本がセンセーショナルなのは、すべてのヨーロッパ人の先祖が7系統のクラスター(集団)に分類できるという問題提起をしているからだろう。
7系統は、共通するミトコンドリアDNAをもつ。
ということは、その7系統はそれぞれ、1人の女性を先祖に持っているということになる。
このことは、衝撃的なことでもあるが、ごく、無意味なことでもある。
何億人ものヨーロッパ人が7人の「イヴ」の子孫だということは衝撃的だが、男系をたどれば(それは不可能なのだが)、そのこと自体が無意味化する。
いわゆる「万世一系」が無意味なのと同じである。
万世一系といえば、著者はもちろん、日本列島民のルーツになど、さしたる関心を持っていないだろうから、それが研究テーマになることもないだろう。
しかし、日本列島民の一員として、そのルーツ(自分のルーツにはあまり関心はないけど)がどこであるかは、まことに興味深い問題である。
日本列島民の遺伝子情報を解析してみれば、この国の中にある、おかしな貴賤観を吹っ飛ばすことができると思うのだが。