日本における鋸について、発生から現在に至るまで、発達過程を丹念に追った研究。
家屋を始め、生活に必要なもろもろのものを、日本人は主として木材で作ってきた。
だから、(主に木材を)切断するという作業は、人間の暮らしに欠かせない。
最初の鋸はもちろん、石器だっただろうが、使い勝手は金属製(日本では鉄製)とは比較にならない。
日本における金属製鋸の製作は弥生時代以降からとなる。
鉄器は錆蝕するから、土中に埋もれれば、完全な形で残ることは、まずない。
祭祀用具や宝物ではないから、基本的には使用不能になるまで使われる。
従って、保存されることもない。
ぼろぼろに腐食した出土鋸を見て、原型を復元し、使用法や使い勝手の善し悪しまで明らかにできるのは、歴史家ではなく、著者のような鋸職人である。
著者の本職は鋸の目立て屋だから、さまざまな材質の鋼で作られた、さまざまな鋸を、永年に渡って見てきている。
その眼力で著者は、出土鋸の特徴を端的に言い当てる。
それだけではない。
著者は鋸鍛造の経験もあるから、それなりの材料を使って、数々の出土鋸や絵画に描かれた鋸を復元模造する。
鋸は暮らしに欠かせない道具だったが故に、絵巻物や画家の作品の中に、意外なほど数多く登場する。
これら絵画史料も、日本の鋸発達史を生き生きと証言している。
著者は歴史学者ではなく職人さんだが、(絵画)史料や出土物から歴史像を描くのではなく、復元模造を作成して実際にそれを使い、技術史を組み立てる。
アカデミックな方法とは異なるが、こちらの方がより技術の神髄に迫れるのは間違いない。
歴史は追体験できるものでないというのは、一般論として正しいが、ある条件のもとであれば、それも可能であるということを鮮やかに示した書である。