もの作りやまつりを素材として、東北の風土について語った本。
やませや豪雪は、東北の宿命である。
黒潮に洗われて温暖・多雨な熊野や、中間的な気候ながら峻険な奥山である秩父とは自然的条件がまったく異なる。
ここには、自然物の採取に依存する部分が大きくても、そうした暮らしを許容する懐の深い自然があった。
気候上、熱帯の作物である稲の生産は困難を極めたから、江戸時代の東北では、苛斂誅求一本槍の領国経営など成り立たなかった。
会津にせよ米沢にせよ、領主がある程度の才覚を発揮しなければならなかったのは、必然的だった。
そのような厳しさの中で東北では、神楽・織り・染色・狩猟などの営みが、はぐくまれてきた。
それぞれの営みに関する深い知識がないので、この本に記されていることごとがどれほど重要な意味を持っているのか、理解する力がない。
東北の暮らしや心象は、関東や関西における人間の精神について多少の関心を持ってきた自分にとって、想像力のかなたにある。
さほどに無知であることを思い知らされると同時に、この本の出たあと30年が過ぎようとしている今、ここに記された手わざや芸能や、祈りや語りが、東北においてどれほどのリアリティを保ち続けているものか、心配にもなる。