大杉栄・伊藤野枝の四女ルイズ氏の評伝。
20世紀初頭における無政府主義の両巨頭は、ルイズ氏の生後間もなく日本軍隊によってなんら故なく虐殺された。
軍隊がどんな理由で、どのようにして大杉夫妻と甥の橘宗一少年を拉致したのか。死因は何で、下手人は誰か等のことについては、ほとんど明らかにされなかった。
遺骸の検分報告が発見されたのは、事件から50年以上もたった1976年だった。
大杉夫妻と前後して殺された川合義虎ら労働運動家や特高警察に殺された小林多喜二ら、大正・昭和といわれる時代になっても、日本の軍隊や警察によって惨殺された人々は数多い。
これらの犠牲者の中で、軍法会議が行われたことによって、下手人とされる人物が特定され、殺害の実態についての筋書きが明らかにされているのは、大杉夫妻殺害(甘粕事件)だけだが、軍法会議が描いた事件の全貌は甚だ曖昧かつ不自然で、非道きわまるこの事件が国家的犯罪だった可能性は、限りなく高い。
大杉夫妻は犯罪被害者だった。にもかかわらず、日本国家と日本の社会は、被害者だった大杉らを犯罪者視し、徹底的に迫害した。
大杉・伊藤殺害の実行犯と認定された犯人は英雄視され、3年足らずの禁固ののち出獄し、岸信介らと共に日本の満州支配で活躍した。
気の毒なのは、大杉らが殺された当時1歳の赤ん坊だったルイズ氏を含め、幼い子どもたちが迫害を受けつつ育たなければならなかったことだった。
彼女らは有形無形の迫害の中で、父母の子であることが周囲になるべく知られないように自分を処する生き方を強いられていく。
だから、ルイズ氏らの生きざまに、人々が驚くようなドラマはない。
しかしそこには、新星が爆発して消えたような、激しくドラマチックな大杉夫妻の生き方とは異なる、苦悩に満ちた自己形成があった。
ルイズ氏は壮年を過ぎてから、さまざまな学びの活動にかかわり始め、自由や人権や人間の誇りのために動き始める。
本書に、その活動があまり詳しく書かれていないのは残念だ。
人生の結実期に至って、父母の思いに共感できるようになったという記述を読んで、ほっとする気持ちになった。