地域が存在し続けていく上で第一義的に必要なのは、産業である。
今の日本では、グローバル経済の影響で経済価値に異常をきたしており、投下労働に比した経済的価値は、農林水産物より工業製品や各種サービスの方がはるかに高い。
問題の中心はここにある。
地域成立に必要な次なる基盤は、子育てと医療・健康などの社会保障基盤である。
学校や病院のないところでは、人は暮らせない。
社会保障基盤を競争原理にゆだねるという自滅的な政策を採るに至った今の日本は、とても長くは持たないだろう。
ところで、医療保障について、先駆的な事例となったのは岩手県旧沢内村である。
この村の医療保障がどのような考え方に基づいて構築されているのかを明らかにしたのが、本書である。
本書のメイン部分は、村長・村立病院長・保健婦の3人の手による、取り組みの略史である。
乳児死亡率がゼロになり、老人医療費を無償にしても国保会計が黒字化するという、この村の取り組みが成功した背景には、村指導者の確たる哲学があったからだろう。
その哲学とは、自分たちで自分たちの命と健康を守る、ということだった。
自然条件のきびしいこの村で医療・健康保障が成果をあげるのはむずかしいはずだが、役場と医療の現場が一体化し、かなり徹底した健康管理が行われたことが記されている。
老人医療費の一部有料化が提案された20年以上前に本書は刊行されているが、今や老人が医療にかかるのは自己責任だという時代になった。
こんなことでいいのかという思いがする。
農林業以外の基幹産業はないが安心して暮らせる村がいいのか、それとも裕福なものには手厚い医療が受けられる、格差の激しい都会がいいのかという選択も、成立しなくなってきた。
国民を騙して金を取り上げる一方で、命を守ってもくれないこの国の政府に、絶望感が募る。