赤坂憲雄編『追悼記録 網野善彦』

 追悼文で構成された新書を読んだのは初めてだ。
 網野氏の仕事は、それほど衝撃的だったのだと再認識した。


 網野氏の書かれた本との出会いは、竹内理三先生の「中世史演習」で必読文献と指示された『中世荘園の様相』(塙書房)からだった。
 竹内先生の演習は記憶違いでなければ、東寺百合文書の読解が中心で、今思えば、美しいほどに精緻な実証の世界だったが、幼稚な問題意識しか持ち合わせていなかった当時の自分には、十分理解できたとは言えなかった。
 また『中世荘園の様相』も、不勉強な学生の寝惚けた頭を揺すぶるような問題提起の書というような性質の本ではなかった。

 その後、深谷克己先生の授業でぜひ読むように勧められて読んだ『無縁・公界・楽』(平凡社)によって、日本の中世が停滞的で退屈な時代ではなく、民衆が独自の世界の中で生き生きと活動した時代だということを知った。

 わたしは歴史は科学だと考えていた(今でもそれは間違っていないと思う)のだが、科学的とは体系的ということだとも受け止めていた。
 歴史を体系的に把握する上で、社会構成体の移行とその構造をあとづけるという方法はまことに明快で理解しやすい。

 この方法において、解明の鍵となるのは生産力と生産関係・人民闘争と国家機構だと、当時は言われていた。
 そういう議論に浸かって、視野狭窄に陥っていた自分は無知だったと思うが、当時の問題意識については後日また、振り返ってみたい。

 その後1980年代に、生産と闘争だけでなく、歴史における人間のあらゆる営為にどのような意味があるのかということを追究する社会史の波が訪れた。
 『日本の社会史』(岩波書店)などを買い求めては見たものの、すでに職を得て多忙の中にあったため、ほとんど消化することはできなかった。

 一方、1990年代後半以降、山村の保続ということに深い関心を持つようになった。

 日本の最も日本らしい自然環境の一つに、深山の渓流がある。
 渓流の周縁には渓畔林を中心とする森林生態系がある。
 森林の生態系は古来より、山村に暮らす民衆との関わりの中で保たれてきた。

 平地の暮らしとは異なる山村の暮らしの特徴はどのような点か。
 暮らしと生態系との関係はどうか。
 日本という独特の位置的・地形的環境に最もフィットする暮らし方とはどのようなものか。
 山村の民が、日本史の中でどのような役割を果たしてきたのか。

 等々は今までの史書にはほとんど記されていなかった。
 折にふれ目についた『日本中世の民衆像』『異形の王権』『日本の歴史をよみなおす(正続)』『日本社会の歴史(上中下)』などの著書に目を通してきた。
 網野氏の著書にも、山民の扱いはさほど多くはない。

 その点についてはまだ、今後の課題なのだろう。

(ISBN4-86248-078-0 C0221 \780E 2006,10 洋泉社新書 2007,1,13 読了)