奥秩父の渓流の在りし日について記載した、貴重な書。
原全教氏の『奥秩父』(正続)は、昭和10年代の奥秩父の沢について詳細に記していますが、昭和30年代についての記載は、本書がもっとも詳しいでしょう。
原全教氏の時代は、奥秩父で働く人が数多く存在した時代。
山道は、現在よりはるかに手入れが行き届いていたようです。
原生林も健在で、すばらしい渓谷美と森林美にあふれていたはず。
河野氏の時代は、奥秩父の森林が乱伐されたさなかです。
氏は、森林美が失われる前とあとの目撃者です。
本書口絵には、大洞軌道あとやログハウス時代の釣橋小屋の写真があって、興味をひかれます。
ログハウスのあと建てられた板壁の釣橋小屋は傷んではいましたが、数年前までは建っており、デポ品を盗まれた思い出のある小屋でしたが、倒壊してしまいました。
時とともに失われるものは数多くあるものです。
登山道や踏みあともしかり。
河野氏の時代にはすでに、かつての林道(山道)は廃道化しつつあったようです。
山で仕事をする人がいなくなったのだから、道が不要になるのはやむを得ないことです。
地形図に記載されたルートや知る人のみ知るルートを踏査するのはとても愉しいことですが、それはしょせん、登山者の自己満足以上の意味を持ち得ません。
もちろん、登山の目的は自己満足ですから、それで十分なのでしょうが、価値あったものが失われるのは残念なこと。
廃道の踏査はおろか、かつて通い慣れた踏みあとすら忘れつつある現在の自分にできることは何もないような気がしますが、このサイトで秩父の渓の小さな何かを記録し続けていきたいと思っています。