このところ、岩手山周辺が気に入って、何度か出かけています。
1996年夏に、葛根田川の水源、三ツ石山荘から、岩手山へと歩きました。
そのときに、思わず絶句してしまったのが、山荘近くに迫る裏岩手奥地産業開発道路(奥産道)の工事現場でした。
オオシラビソの原生林がブルドーザでなぎ倒され、土壌がひっかき回されて、ひどいことになっていました。
裏岩手連峰は、標高千メートルほどを境に、上はオオシラビソ原生林。ところどころに、森の瞳のような珠玉の湿原がちりばめられています。
それより下は、重厚なブナ原生林。どこから熊が飛び出してきてもおかしくないような、自然度の高いところです。
八幡平アスピーテラインという観光道路がつらぬいているだけで十分だと思いきや、松川温泉から八幡平へ抜ける観光道路がすでに完成。北ノ又川源流のオオシラビソ原生林をずたずたに切り裂きました。
奥産道は、小岩井有料道路の終点、網張温泉から松川に抜ける観光道路で、これが完成すれば、岩手山が原生的自然から切り離されて、孤立します。
環境庁や雫石営林署が「植生保護のため」と称して、ハイカーの歩行をさえ禁じている原生林で、ブルドーザがうなりをあげて進もうとしていたのです。
白神のことを想起するまでもなく、東北には、原生的な日本の自然が、各地に残されています。
1980年代に、この自然を喰いものにしようとして、リゾート資本やゼネコンが東北に群がってきました。
30代の若い新聞記者たちによる、このルポ集は、『週刊金曜日』に紹介されていたものです。
これを読むと、白神だけでなく、朝日連峰、会津博士山、秋田駒ヶ岳、田沢湖、鳥海山、岩木山などで、観光開発と自然保護をめぐる、苦悩に満ちたせめぎ合いがあったことがわかります。
事実の経過と分析については、本書をお読みいただきたいと思います。
この本の中で特に印象的だったことをふたつほど。
これらの地域における観光開発をストップさせる上で、大きな役割を果たしたのは、イヌワシという、現在日本に300羽しか生息しない猛禽類です。
田沢湖リゾートを取材した記者が、「イヌワシが生息していることが町の住民にとって、どういう意味を持っているのだろうか」と、問いかけています。
絶滅しそうな生物がかわいそうだから、保護するのでしょうか。
その生物が学術的に貴重だから、保護するのでしょうか。
そんなことで、みんなが、心から納得するでしょうか。
イヌワシさえいなけりゃあ、おれの村ももっと発展するのに・・・と考える人はいないでしょうか。
イヌワシが住める環境というのが、いかにすばらしい環境か。
そういう環境の村で人生を送ることができるのが、どんなにすばらしいことか。
このことを、事実で証明することが必要なのではないでしょうか。
もうひとつ。
白神のコアエリアへの立ち入りをめぐる「保護派」の意見対立には、心が痛みます。
これが、泥仕合、足の引っ張り合いにならないことを祈りたいですが、『別冊釣り人 渓流'95』の根深誠さんの文章などを読むと、ちょっと悲観的になってしまいます。
コアエリア、バッファゾーンと言っても、しょせんは人間のひいた線にすぎません。バッファやその周縁における開発や伐採をストップさせ、白神を永遠に守るために、議論しつつも、ともに手を携えてほしいと、心から願っています。
(ISBN4-8461-9615-1 C0036 P2472E 1996,9 緑風出版刊 1997,5読了)