エディプスコンプレックスを蓄積しないことによって過去と現在の自分を容易に切り離すことができるという指摘には、いかにもなるほどと納得させられます。
戦後日本人にとってのエディプスコンプレックスは、アジア・太平洋戦争についての痛切な記憶でなければならなかったでしょう。
戦後世代の一人として、戦争の記録をたどることは一種の義務と感じてき、膨大な事実と接してきたつもりです。
だから安易な忘却は無責任なことと感じられるし、忘却した上にいい加減なことを述べるのは恥知らずと感じられます。
現に進行しつつある忘却の流れは、何を意味しているのか。
権力が歴史を偽造をはかるのは当たり前のことで、驚くことでもありません。
メディアが権力のお先棒を担ぐのもまた然り。
問題は、ごく普通の国民が戦争の記憶をあたかも他人事のようにとらえる感覚が、どこから来たのかということです。
日本人は、戦後しかるべき時期に、徹底的に追及すべき何かを追及せずに見過ごしてきたのではなかったかという気がします。
どこにドイツと日本の違いが存在するのか、知りたいものです。
例えば戦犯裁判は、そのことについて考える材料となり得ます。
残虐行為や捕虜虐待の意味について、日本人はもっと考えるべきだったと思います。
これらの戦争犯罪が「上官の命令は天皇の命令である」という脅迫のもとで行われたのは周知の事実。 だとすれば、誰が責任をとるべきだったのか。
その点について、日本人は議論を避けて来たのではないか。
責任問題だけではありません。
BC級戦犯5700人が裁かれ、うち984人が死刑となったのは事実だが、裁かれるべくして裁かれなかった膨大な人数の兵士が存在することを、日本人はどれだけ問題と考えてきたか。
靖国神社に祀られているのは、国を守るために亡くなった人々ではなく、多くは侵略戦争の加担者たちです。
A級戦犯・BC級戦犯が靖国に合祀されている意味とは、つまりそういうことなのです。
日本軍の兵士であったことの責任がきちんと問われなかったことも、コンプレックスなき国民作りにつながったと思いました。
総懺悔、すなわち頭を垂れるだけでは無意味です。
ただ、個々の国民が、主体的に社会づくりを行っていけるような思索が組織されるべきではなかったかと思います。
(ISBN4-00-430952-2 C0221 \740E 2005,6 刊 岩波新書 2006,1,27 読了)