寺院の最近の記事

朝護孫子寺

| コメント(0)
朝護孫子寺


 終日、移動。
 関西の気温は、おおむね35度を超えていた。
 たちが悪いのは、夜になってもほとんど涼しくならないことで、たぶん、街に土がほとんどなく、地表のほとんどがコンクリートで固められているからだろう。

 関西より秩父のほうが、暑さはまし。

 信貴山・朝護孫子寺は広大な寺域をもつ山岳寺院で、塔頭・神社・宿坊が配置されている。
 信貴山縁起絵巻は国立博物館に行っているので、レプリカが展示されていた。

 それ以外にも、数体の重厚な平安仏を見ることができた。

投入堂

| コメント(0)
投入堂


 昨日来の強風で、畑のあれこれが吹っ飛んだので、修復。
 里芋の芽が出始めたので、掛けてあった防草シートを外した。
 草むしり少々。

 チェンソー研ぎ。ナタ研ぎ。
 ボイラ用焚き付け作り。

 写真は、布引観音の小堂。

多聞天

| コメント(0)
多聞天


 雪はほとんど積もらなかった。
 ただ、気温が低いので、日陰の道路はシャーベット状態だ。

 アスパラ残渣の片づけ。

 煮豆。
 白菜をキムチ漬け。

 写真は、仁和寺中門の多聞天。重文。

仁和寺仁王

| コメント(0)
仁和寺仁王


 秋いんげんのヤグラの解体。
 途中で雪が降ってきたが、とりあえず終了。

 雪はしばらく降って、いくらか積もったが、ほとんど問題ない程度。

 写真は、仁和寺山門の仁王。

御室八十八か所

| コメント(0)
小堂

 氷点下4.4度とまぁまぁの寒さだが、この冬一番の寒さなので、けっこうこたえた。

 留守にしている間に、いくらか降ったらしい。
 たとえ焼け石に水でも、ないよりずっとまし。

 畑もいくらか潤った感じ。

 写真は、御室八十八か所の小堂。

尊勝院

| コメント(0)
尊勝院


 一度下の通りまで下って、尊勝院へ登りかえす。
 こちらは元三大師をまつるお寺だが、青面金剛をも併せておまつりしている。
 声をかけてみたら、尼僧のかたがとても親切にご朱印を書いてくださった。立ち話少々。

八坂庚申堂

| コメント(0)
八坂庚申堂


 雨の京都を散策。五条駅から歩き始め。
 五条駅は清水五条駅と名前が変わっており、それもそれでさることながら、駅が地下にもぐっているのだった。
 清水寺も六波羅蜜寺も通り過ぎ、路地に入って八坂庚申堂へ。

 小さなお堂だが、参詣者はそこそこいた。
 お参りして、ご朱印をいただいた。

成就山

| コメント(0)
仁和寺金堂


 御室仁和寺から成就山をひと回り。
 あまりにも観光客が少なすぎて、驚いた。
 中国の方がほとんどいない。

 登山道に八十八の小堂が立つ。
 ただかなり傷んでるのが多くて、数が多いだけに修理はたいへんそうだ。

 山からお寺の境内に降りてきたところに、熊が出ているという掲示があった。

摩耶山

| コメント(0)
天上寺山門


 六甲山系・摩耶山。
 荒れた雑木林の山かと思ったが、頂稜に近づくと立派な照葉樹林だった。

 天上寺が焼けたのは1976年とのことなので、見る気になれば見ることができたはずだ。
 山門は昔のままだとのこと。

寄居事件

| コメント(0)
正樹院


 1923年の9月6日、関東一帯が未だ騒然とするなか、埼玉県寄居警察署は具学永さんという飴売りの青年を保護していた。
 流言に踊らされて殺気立った一般住民が、保護のため移送されていた朝鮮人を襲撃する事件が頻発していたからである。

 埼玉県北部では、9月4日に熊谷で数十人、本庄で86人、神保原で35人が殺害され、5日には妻沼で、朝鮮人ではないが秋田県出身者が虐殺されていた。
 寄居署でも、警察官の制止にもかかわらず、自警団員が署に乱入し、竹槍や鳶口などで具さんを殺害した。

 事件後、住民有志が正樹院墓地に、具さんの墓を建てた。
 一昨年から、寄居地域の有志団体(むくげの会)が、具さんの追悼会を行って、事実のさらなる解明と継承をはかっている。

 2023年、松野博一官房長官(当時)は「(虐殺に関する)記録が見当たらない」と述べ、あたかも虐殺が事実として疑わしいかのような言い方をしてみせた。
 これこそ、恥ずべき歴史修正の見本といえる。

2026年8月

日 月 火 水 木 金 土
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

アーカイブ

カテゴリ

最近のコメント