チヨの家に泊まっていたダイに、遠田宇市が1日に、矢納村の人々に困民党に参加するよう呼びかけた上、三波川に行って鉄砲を借りてきてほしいと頼んできた。
ダイがそれを承諾すると、チヨの母ゲンが「物騒な世の中だから一人では心細かろう」と言って、チヨをつけてくれた。そこへ畑仕事のために通りかかったウラにチヨが声をかけ、けっきょく3人で三波川へ出かけることになった。
3人は、チヨ宅のある小松集落を発って風早峠へ登り、矢納村へ下っていったのだが、その途中、ダイが、「「困民党に加われ」と言って歩こう」と言ったので、チヨは「それは面白い」と思って、高牛集落で、「下吉田村の困民党へ出なければあとで大勢が来てまずいことになるから出ろ」「どうせ出なければならないのだから早く出ろ」などと、言って歩いた。すると高牛で5人ほど集まってき、次の鳥羽集落でも、3人ほどが出てきた。それらの人々に、ダイが、三波川まで鉄砲を借りに行ってほしいと頼んだが、その件については誰も引き受けてくれなかった。女だけで鉄砲を借りに行くわけにもいかないので、どうせ三波川まで行くなら、3人で不動さまへお参りすることにしたのだとダイは述べている。
* この物語は、チヨ・ダイ・ウラの供述調書に基づいて書いているのだが、ダイの供述が完全に事実を語っているかについては疑問なしとしない。遠田宇市が三波川で鉄砲を借りてきてくれと言ったというが、なぜ三波川なのか、はっきりしない。三波川に鉄砲を貸してくれそうな人がいたからなのか・・。もしそうだとすれば、その人の名前をあげて、「◯◯さんのとこから鉄砲を借りてきてほしい」という頼み方をしたはずだ。
三波川といってもたいへん広い。「鉄砲を貸してくれー」とかどなりながら谷を歩いたところで、誰も貸してくれるわけがない。ダイは、鉄砲を貸してくれそうな人(すなわち困民党シンパもしくは自由党員)の氏名をおそらく隠している。
かといって、警官がもっと厳しく問いつめればよかったとは、まったく思わない。体験者の談によれば、秩父事件の取り調べは、まだ一言も訊かない前に、樫の棒でまず何発か殴り、その後おもむろに尋問に入るというやり方だった。小鹿野町というところ(おれが住んでいるところだが)、警察署の庭の木に被疑者を縄で吊るして取り調べを行ったという。三人のうら若き女性がどんな目に合わされたかは、想像したくない。
コメントする